「地方長官の新陳交代」

last updated: 2019-09-08

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時事新報に掲載された「地方長官の新陳交代」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

地方長官の新陳交代

近來官民不調和の甚しくして國の爲め實に憂るに足る可きは我輩の常に論ずる所にして其之を調和せしめて大に國の爲めに計畫する所あらんことを欲し我輩が其方案の如何を論述したるは一再にして足らざるなり我輩元と一旦の苟且策を好まず大に其根源を療じて終生其患を免かれんことを欲するものなりと雖ども當事者或は我輩の決断に倣ふこと能はずして大膽政略の可否に付大に思案を廻らすの際逝く者は晝夜を舍てず秋の日も亦將に知らず識らず暮れ果てんとするの景況なるは我輩の浩歎して措かざる所なり蓋し禍の大なるものは其速力遅緩にして雷霆水火の目前に怖る可きが如くならず隨て常人の視聽を聳ること十分ならざるを以て人或は之を輕侮し或は其憂を第二世の人に遺す可しと爲し自から其憂に任して之を理するの勇氣ある者少なし然るに又之に反して禍の小なるものは其來ること速にして其距離遠からず目能く之を見耳能く之を聞き爲めに心身片時の靜閑をも保つこと能はず直接の刺激容易ならざるを以て人の注意を惹くこと却て其大なるものよりも甚しきことあるは世間往々其實例に乏しからず奇妙至極と云ふ可しと雖ども是亦俗輩の常情なるを以て遽に之を尤むることを要せざるべし世人若し我輩の所論の遠大にして雷霆水火の如く視聽を聳るに便ならざることを疑ふ者あらば我輩は論鋒を末流淺水の地位に移して個々局部の不健全にして一時姑息の療法たりとも切に其急施を要するの理由あるを詳に論辨して辭することなかるべし

今や各府縣の長官をして新陳交代せしむるの要用なること政治社會の輿論にして彼の漸を以て文明に進むの主義を執る者と雖ども之に異論を挟むことなかる可し蓋し府縣の長官たる者は其身文實に高貴ならずと雖ども各一地方百万内外の人民に下臨し万般の施政其綱領に属するものは必ず中央政府の命令を仰くものなりと雖ども日常の細目に至りては簡單なる法令の〓に以て標準と定むべきものあるまでにして其之を右に偏し若しれば左に偏するが如きは全く長官其人の手裏に存するものと云を可なり公務法令に属するものは猶ほ仰て以て標準とす可きものありと雖ども其法令外の事務に属し半公半私の言行等の類に至りては全く一人の自由に任するものにして告達内〓等を以て中央政府より十分に之を左右し得可きものに非ず面して地方人心の向背如何を決するものは尋常一般の公務法令にあらずして彼の半公半私の行爲の類却て其大部分を占ることあるは實地經歴〓よりして人のよく知る所なり今一地方の長官に向背するものは僅に百万の人心なりと雖ども之を集合する四十にして正しく三千六百万の人心が中央政府に向背するの實証を呈するものに付地方長官の良否は其影響する所決して小少ならざるものと知るべし

今我中央政府の施政の方向を察するに明治維新以來今日に至るまで多少に緩急疾徐得失前後の相違ありしと雖ども概して之を改進の針路に在るものと云はざるを得ず一時の都合によりて政府或は其進行の緩徐ならんことを欲することあるも全國の人心は兎角其行程の急ならんことを願望し片時も一處に停滞することなし故に政府は本來の方向改進の針路に在るのみならず到底人心と背馳して獨立獨行し得可きものにあらざるを以て早晩多少に其進行の程度をして全國人心の欲するものと相遠かることなからしめんとするは勿論たるべし而して全國人心に直接關係あるものは地方長官なるを以て今日其任に當る者は一時進行緩急の都合に關せず必ずや目下人心の歸向をうう文に暁會し得る者を要することなるべし然るに今の地方長官を通觀するに其一個人に付て求る〓は多くは皆維新の前後に際し銕中錚々の名譽を博したる有志者にして永く我輩の敬崇を受くべき人物なりと雖ども如何せん爾來十餘年の星霜逝く者は流水の如く去て復た還らず來る者は春草の如く日に新に又新なり此際或は十年前の舊工夫を取て十年後の新社會に施し大に人心の向背を撼揺するの弊なきにあらず是れ其人の罪にあらず時勢の變遷之をして然らしむるなり今我政府の爲めに計り又我人民の爲めに計るに地方長官たる者は少壮活潑にして今の時勢に通じたる後進の志士を用るに優ることなし此志士は單に其年齒鬚髪を見れば後進なりと雖ども退て其當世有用の聞識を問へば白頭翁の企及ぶ可らざる先進者なり既に人心と背馳するは到底の希望にあらず又力の及ぶ所にあらずと決定したる以上は成る可く人心を酌み分け人心に投合し人心を誘導し能く人心と共に推移ることを得る此少壮活潑なる先進の志士を以て各地方長官たらしむるの外目下更に他の良工夫なかるべき歟