「驛逓電信事務」

last updated: 2019-09-08

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時事新報に掲載された「驛逓電信事務」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

驛逓電信事務

目下驛逓局に於ては全國郵便法の改良と共に大に郵便税増加の企ありと聞き我輩は直に意見を吐露して郵便法の改良は目下必須の事項にして一日も急速ならんことを欲すと雖とも郵便税の増加に至りては當に一國の文明を妨害するの非擧たるのみならず收入金額の多寡即ち驛逓事務の金銭上の損益より論ずるも郵便税の廉なるは爲めに郵便物の員數を増加し支出收入を差引して其高價なる時よりも廉價の時の方却て多額の益金あること旣に先例に於て明白なり今我國の郵便税は他の文明諸國に比して甚た高價なり最も甚しきは一冊の書籍を東京より横濱の友人に届けんとするに日本驛逓局の手のみを經て直接に之を横濱に送るには四銭の郵便税なれとも先づ之を米國紐育在留友人の許に郵送し(此郵便税は一銭なり)同人より更に横濱の友人に宛てゝ郵送し來るときは往還の郵便税を合計して前記直接郵便税の半額即ち金二銭なり是等は實に日本郵便法中の一奇觀なるべし故に現今の郵便税を増加せざるのみならず更に之を低減して文明國相當の廉税に改正し孟子の所謂幽谷を出でゝ喬木に遷るべし喬木を下りて幽谷に入るべからずとのことを反復論辯したりしが爾來満天下の論者も亦我輩と意見を同くし万口一音郵便増加の非を鳴らして其減税を希望せざるものなし即ち我全國人民の輿論なり輿論九皐に鶴鳴し其聲果して天上雲外の議席にまで達し得たるや否を知らずと雖とも蓋し天上自から聴耳の在るあれば必ずや豪として聞かずと爲すが如きことを得ざるべし

我輩は今郵便法改良の議あるに際し更に政府の注意を喚起して大に驛逓全局の事務を改良擴張し其面目を一新せんことを希望するなり蓋し今の郵便法を改良擴張して都邑村落の別なく眞成の一價郵便税に改め、配達の度數を増加し又之を迅速ならしめ、郵便局を増設し、或は新に小荷物郵送法を創め、生命保険養老金給與の仕組を設る等以上皆甚だ善し然れとも我輩は此等の改良擴張の外更に大に驛逓事務を擴張し當時工部省に属する電信局の事務を取て一切驛逓局に合併し實際に日本の通信事務省たらしめんことを欲するなり抑も電信の性質たるや畢竟するに形を異にしたる書信のみ然るに書信を傳送するは驛逓局之を司り電信を傳送するは電信局之を司る何ぞ斯の如く煩勞なるや或は又一個の場合を想像し書信の逓送は政府の獨業と爲し電信の逓送は各私立會社の私業に属したる國柄に於ては書信電信の事務を一監督の下に總轄せざるは明白なる理由ありと雖とも自下我國の如く書信を逓送する駅逓事務も電信を逓送する電信事務も共に政府の獨業たるの際に當り一は之を駅逓局に属し一は之を電信局に属し兩者各別に分立獨行して相關せざるが如きは損有て益なき不便至極の仕組なりと云ふ可し元來何等の理由よりして電信逓送の事務を工部省に属し別に電信局なるものを設けしやと尋るに工部省は電信線架設の工事を擔當せしを以て其通信事務をも併せて之に委托したるなりと云ふに止まることなるべし果して此理由に相違なくば實に不行届千万なる委托法と云はざるを得ず何となれば通信事務を監督すると通信器械を制作するとは全く其性質を異にするものにて製作者必ずしも事務の監督を能くせず監督者亦必ずしも好製作家たらざるなり蓋し器械の製作は技術に属し事務の監督は才能に属す技術は修熟して上達すべく其人を得るに難からずと雖とも有才有能の好監督を得るは極めて難きことなるべし從來の世評に駅逓局と電信局との事務取扱振りを比較するに駅逓局の方は頗る社會の人情に通し勉めて江湖顧客の好意を失はざらんことに注意するものゝ如く電信局の方は此一段に於て駅逓局に讓ること當に三舎のみならずと云へり是或は製作家は技術を守るに専らにして事務の大体に通ずるに遑あらさるの意味もあるか若し技術家は即ち事務家なりと云ふ者あらば造船技手を船長に用ひ船長を航海會社の社長に用ひ紙幣を製造する印刷長を銀行總裁に用ひよと云ふに至ることなるべく其不都合は我輩の證明を要せざるなり

以上論陳する所の理由果して事實に相違なくは電信事務は必ず郵便事務に合併すべきのみならず電信郵便相須て大に駅逓事務の功を奏すべき以て暫らく其局部の小事務に就て觀察するも合併の利益又詔々たるべし例へは配達法の如し一町内に郵便電信の二局各別に分立する時は緩急相助くること能はずと雖とも之を合併して一局内に於て兩事務を取扱ふことなれば其便益尋常ならず以前二局合して十人の役丁を要したるものが後には六七人にして餘りあるべし實地當局者の一考を煩さば是等の實例は必ず枚擧に遑あらざるべし我輩は實に電信事務を取て驛逓局に合併せんことを希望するなり

我輩旣に電信事務を駅逓局に合併したり我輩は又此合併と同時に大に日本の電信業務を改良せんことを希望するなり其希望の詳細は之を次号の時事新報に論議すべし