「極端論」

last updated: 2021-12-25

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時事新報に掲載された「極端論」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

極端より極端に移るは有形の物理學に於て禁ずる所にして、之を犯すときは必ず其害を被らざるはなし。水に

溺れ又は雪に凍へたる者を救ふて直に溫気を施すときは死せざるはなし。故に凍溺の卒死を處するの法は、患者

を溫室にも入れずして丿初の程は氷塊を以て身體を摩擦し、次で毛布を以て摩し、又手を以てする等、次第に其

自然の體温を喚起して、漸く溫室にも移すことなり。若しも此法を知らずして、寒氣の攻擊は溫氣を以て救ふ可

きものと思ひ、直に火を與るが如きあらば、管内忽ち腐敗して艶る可し。飢へたる者も亦同じ。數日絶食の後に

は必ず硬強滋養の物を與ふ可らず。又大酒暴飮を以て病を成したる者を處するにも、俄に酒を禁ず可らず。初は

殊更に酒を與へて先づ生力を養ひ、徐々に其量を減じて平に復す可し。寒熱暴變の人身に病を生じ又は物質を収

縮膨脹せしめて器品を壞ることあり。是等の事實を計れば枚擧に遑あらず。何れも極端より極端に移るの禍とし

て見る可きものなれば、物理學者の常に愼て心を用る所なり。

啻に有形の物のみならず、無形の人心も亦斯の如し。極端に移轉して害を生ぜざるはなし。古來世界各國に新

に宗敎を入れて人心の變亂を起したるの例は着々歷史上に見る可し。新敎と舊敎と相對すれば、其主義必ず兩極

の端に居るものなれば、此れより彼れに移るに其中間に物なく、一蹶して其處を變じ、之が爲に激動の甚しきを

致すは、有形物の理に異ならず。往古西洋入が始めて耶蘇敎に移り、日本人が始めて佛法を信じたるときも、皆

この定則に從はざるなし。近來我邦には西洋近時の文明を入れて之に移るの際、甚しき激動を覺へ、舊物を破壞

して殆ど遺す所なし。蓋し我輩人智の不明なる、其徐々にす可きを知らずして、一蹶古風の極端より新奇の極端

に移りたるは誠に不明なりしと雖ども、左ればとて今更これを不明なりしと後悔して改めんとするも、其條件を

枚擧するは亦甚だ難し。如何となれば千歳の睡眠、一覺して西洋の文明に逢ひ、其文明の人に接して文明の事を

行はざれば國を亡ぼすの外に術なし。國を亡ぼすなからんとすれば文明に從はざるを得ず。文明に從はんとすれ

ば舊物を破壞せざるを得ず。而して其舊物は千差萬別なりと雖ども、各相互に連絡して恰も一線の鎖の如く、首

尾全き生物の如きものなれば、鎖の何れの邊に至て破壞を止む可きや、之を知る可らず。其首に疵付れば尾も感

じて復た舊時の本職〔色〕を全ふするを得ず。故に今開國以來の破壞を咎めて一抹了して不利なりと云へば、其言簡單

にして止む可しと雖ども、苟も我國人を率ひて文明に入るの目的を定め、其利害得失を枚擧して是れは利得たり

其れは害失なりと判斷して、唯利のみを取て害を被らざるの方便ありしやと考れば、我々の不明、今日に於ても

之を得ず。唯隨時に論ずるものは、局所の害を見て害なりしと云ひ、今後は前の失策に懲りて再びすることなか

らんと用心するに止まるのみ。

我々日本人は開國以來極端に移轉したるものなりと雖ども、人智の不明これを如何ともす可らず。之を讐へば

日本形の家を毀て西洋作の石室を作るが如し。首を囘らして數年前を思へば、床の間の柱、愛す可らざるに非ず、

唐木の違棚、亦惜しむ可しと雖ども、之を全局面より見れば既に西洋作と覺悟を定めたる上は復た舊物に戀々す

可らず。唯今後は其西洋作の家を次第に造作して次第に住み馴れ、年々歳々、居家の工風に怠ることなくば、遂

には舊時の日本屋に優ること幾倍なるの日に逢ふ可し。唯世間短氣性急の士人が、其新宅の身に慣れざるを怒て、

舊日本屋に入らんとするものなきに非ざれども、畢竟するに我國の約束は既に西洋作の文明と定り、此一義を變

ずれば國を保存す可らざるを知るからには、今更一時の愉快不愉快の爲に數年の古に復せんとするが如きは之を

無益の勞と云はざるを得ず。無益の勞は尚恕す可しと雖ども、其復古に就て往々極端主義に走る者あり。例へば

方今の敎育論の如し。數年前は全く儒敎を擯けて世上に漢書を講ずる者なきのみならず、昌平館の聖堂も廢して、

孔子十哲の木像の如きも大地に委して之を土足に踏むも妨なき程の有樣なりしものが、近日は儒敎再燃したる歟、

各地にて頻りに儒書を重んじ、仁義道德論の喧しきこと數年前に異なるのみならず、數十百年前にも稀なる儒敎

の極端に移り、孟子の文章には放伐の論あり、又多く政治に關する事項ありとて之を擯斥し、或は小學讀本の嘉

言善行にも必ず漢土及び本邦人の言行を錄して西洋の臭氣を帶るを好まずと云ふが如きは、近時文明の火焰中に

氷柱の突出したるものと云ふも可ならん。其移轉の急劇なる、凍へて卒死したる者を煖爐に溫め、飢者の死に瀕

したるへ珍膳を供するが如し。害なからんとするも得べからざるなり。我輩固より仁義道德を蔑視する者に非ず。

假令ひ西洋流の文明中に居るも道德の實施を怠る者に非ず。其これを怠らざるは、西洋作の家に住居しても冠婚

葬祭の禮を破らずして、以て一家の政を整理するに異ならず。德敎の性質たるや、其力を實物に傅へずして其風

を虛無の際に移すものと云ふ可し、短氣性急の士人、若し眞實に德敎を重んずるの意あらば、何爲ぞ之を鄭重に

取扱はざるや。人間世界の德義は十年の間に俄かに退く可らず又俄に進む可らず、二、三の人の發意にて容易に

左右進退せんとして、極端より極端に移るが如きは、我輩其可なるを知らざるなり。    〔十一月十六日〕