「郵税増加を非とする最後の言葉」
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時事新報に掲載された「郵税増加を非とする最後の言葉」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
郵税増加を非とする最後の言葉
現行の日本郵便法にては其税の不廉なること決して少許ならず宜しく之を低減して文明國相當の程度に改め畫狀一通一錢端畫一枚五厘の全國一價法と爲すべし今回驛逓の當局者が希望する如く現在の不廉税をして更に又不廉ならしめ畫狀一通二錢五厘端畫一枚五厘の一價法に改めんとするは我文明の進路に適當するものに非ず又謳米人に對して外聞もあり苟も經世の心あらん人は決して斯る所置ある可からずとのことは我輩巳に業に前日來の紙上に論述し尽したり然るに頃日參事院の議席に於ては増税原案を賛成するの議員多數にして遂に増税の議に決したりと聞き我輩國を思ふの衷情遺憾措く能はず又一篇を草して之を昨日の紙上に登錄し以て増税論者と訣別するの言葉と爲したり我輩は最早他に言葉なくして可なるべし然るに尚ほ之を以て足れりと爲さず茲に又更に一言せんと欲する所以は我輩國を思ふの傍に當局者諸君の一身上を顧みて郵便増税の甚だ非擧なるを知ればなり我輩は當局者其人に對して飽くまで潔切を尽すの義務あるにあらず又求めざる深切を尽して自から樂しむ程の道徳家にもあらず故に假りに日本をして西洋文明諸國のごとく國民の輿
論を以て國法を議定する國會院あらしめば百の増税原案を提出し來るも憂るに足らず唯一塲の論議を以て滅却し尽すべきのみ何ぞ幾千万言の文章を重て貴重の新聞紙面
を費し諄々理を説きて倦むことを知らず終に其一身上の利害榮界にまで説話し及ぼすの深切を須ひんや我輩が今此深切を尽すは實に止むを得ざればなり
朝に立て事に當るの人々は一日も永く其職に在て國の爲めに其能を尽すことを希望するなるべし而して此希望を達するの道は古今万國其國体の君主専制たると共和政治たるとに拘らず唯人歸て失はざるの一事に在るのみ我日本の如きも漸く立君獨議の治風を改めて君民同治の制に移らんとし旣に明治廿三年を期して國會を開設せらるべしとの勅令もありたる程なれば自今以後仮令賢能の名士と乏し利〓〓〓〓〓〓を民土の權利を得ざるを〓るせし所して人望を得ること甚だ易し唯國民の爲めに利を起し害を除かんのみ然るに今郵便税増加の事項は當局者其人の人望に關して何等の影響を生ずべきや郵便税の増加を見て日本人民は之を喜ぶべきや之を厭ふべきや論者或は云はん今回の改革は全國都鄙の區別なく一併に増税するにあらず都會或は郵便局近傍の人民こそ二割五分乃至三十割迄の増税を見ると雖とも從來持込税を拂ひたる山間僻村の人民に至りては一割六厘六毛餘の減税を見るべきなり故に之を厭ふ者あれば之を喜ぶ者ありて乗除すれば損益なかるべしと是大に郵便の性質を解せざる者なり抑も郵便を利用するものは國中何等の人種を以て第一と爲すや其人文事の敎育なかるべからず其人活溌にして人事に忙はしからざるべからず其人社會の交際廣からざるべからず然るに今此數條の点より観察するに山間僻村の人民と大都通邑の人民と孰れか最も郵便を利用する人民なるやと問はんに無論大都通邑の人民にして即ち今回の改革に由て二割五分乃至三十割迄の増税を蒙る人々なるべし而して此人々は當に郵便の一事のみに關して天下の最上位を占むる者にあらず社會の万事物に一も其先進者たるの地位に在らざるはなく殊に政治上の事項は最も其注意を忽ちにせざる所にして所謂一國政治上の人口を成すの人々なり當局者は政治上人口外の人民に一割六分六厘の恩恵を施して政治上人口の全人民に蒙らしめたる二割五分乃至三十割の恨を差引せんとするか我輩は其計算の富を失はんことを掛念するなり殊に郵便税なるものは直接に全國内毎戸毎人の損益便否に關係するものにして彼の酒増税、煙草税、賣藥税の如き直接の影響當業者に止まるものとは其人心に感覺するの深淺廣狭固より同日の論にあらず不幸にして政府は郵便増税に議決して之を布告したりどせんが二錢五厘一錢五厘の新切手新端畫の製造は増税実施の日間に合はざることあるべく或は又前日旣に人民に賣渡したる二錢の切手の切手一錢及び五厘の端畫等も不足税丈けの切手を添附して通用せしむることなるへし人民は此新摸樣の切手端畫を用ひ或は不足分の切手を添附するに當り其度毎に心中何等の感情を催すべきや此新摸樣は驛逓新當局者の賜なり此餘計の切手も亦新當局者の賜なりとて永く其肝に銘して忘れざることなるべし
人の後を窺ひて已れ取て之に代らんと欲する者は其失過の多且大ならんことを〓るなり紂の暴も其惡未だ熟せざるの間は文王と雖とも之を如何ともすること能はさるなり今全國人民の損益便否に關る殊に政治上の人口を成す上等人種の頭上には最も其感覺を重くするの一大所置を决するに當り人の彼〓業ふ者も之を業はるゝ者も人心の去就には如何の關係を存ず〓可きを所置〓さるはなかるべし旣に之を測量して妄心の地位を得たるや將た未だ盡さゝる所ありて然るや一割六分六厘の増税其豫算の全額を収め得るも一年三四十万圓に過ぎざるべし官海の一滴のみ之を得るも深きを増さず然るに彼の後を窺ふ者の爲めに謀
れば一滴を損して滿海の波濤を擧ぐるの利あり實に貴貨居く可しと稱すべきものなり我輩は當局者の爲めに深く惜まざるを得ざるなり之を最後の言葉とす