「銀行の鎖店」

last updated: 2021-12-25

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時事新報に掲載された「銀行の鎖店」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

銀行は貿易の媒介なり金融の逵道なり是を以て銀行の憑信厚ければ貿易愈活溌にして金融愈迅速なりと雖とも其憑信愈薄ければ貿易愈緩慢にして金融愈淹滯するは敢て論を俟たざる所なり而して政府の條例を設て以て殊更に國立銀行を■(てへん+「僉」)束するは其要此憑信を失はしめざるに在るものにして條例の良否は幾分か以て此憑信を厚薄す可きは亦辨を要せざる所なりと雖とも然れとも條例なる者は本來死物にして官吏の之を履行すると銀行者の之を遵奉するとに■(「一」+「由」)て始めて活用す可きものなれば假令條例は如何計り良善なるものにても其履行と遵奉とを欠くときは决して活用を爲す可らず曩に飯山第二十四國立銀行の閉鎖せしが如きは輙ち條例の不良に■(「一」+「由」)るに非ずして其履行の注意と遵奉の實とを欠きたるに■(「一」+「由」)るものと謂はざるを得ざるなり

抑も方今國立銀行の數は既に百五十餘の多きに至りたれば其中一行の閉鎖分散の如きは數に於て僅僅たるものなれとも元來銀行の性質たるや物の實數を計るよりも寧ろ人の憑信に依て立つ者にして此憑信は人の感觸より起るものなるが故に苟も一所に震動を起すときは其餘波は延て百五十の全面に及ぼし一般に全國國立銀行の憑信を薄くして隨て貿易緩慢金融淹滯の結果を生す可きは必然飯山銀行の閉鎖の如き即ち其一震動なれば我輩は其變報を聞くに際して商法社會の爲に大に憂懼したりと雖とも固より閉鎖す可き理由を以て閉鎖したるものなれば之を如何ともす可らず是亦不幸の幸或は以て他の銀行を戒むるの殷鑑たることもあらんと強ひて自から慰めたるのみ

然るに近日各新聞紙の報道する所に據れば大坂第百二十六國立銀行は去る十日を以て其營業を停止せられたりと謂ひ又坊間の風説にては尚大坂及ひ其他の地方にも營業の停止を命せらる可き國立銀行は既に二三行もありと謂ふ今此營業停止の■(「一」+「由」)て起りたる原因に就ては未た詳細を知らずと雖とも其概要は恐くは飯山銀行に均しく條例の履行寛に過くると其遵奉正實ならざるとに■(「一」+「由」)て斯に至りたるならんと推察するのみ何は兎もあれ斯く引續て銀行の閉鎖停止するに至るときは愈以て人の感觸を惡くして銀行の憑信を薄くし堅牢確實なる銀行に對しても或は疑訝し或は危懼するに至らん英國に於て危險なる銀行の分散せしが爲めに遂に確實なる銀行の之に連累して分散せし其例は葢し一にして足らざるなり■(「一」+「由」)て考ふるに坊間の風説にて大坂及ひ其他の地方に營業の停止を命せらる可き國立銀行は既に二三行ありとの事は彼の疑訝危懼の念より起りたるものに非る莫き乎若し果して此疑念より起りたるものなるときは尚賀す可しと雖とも■(「一」+「力」)一にも其停止を命せらる可きの實ありて起りたるものならんには洵に理財の一大變事にして亦痛歎に堪へざる次第なり

以上論するが如く銀行の廢立は其憑信の有無に在て存するものなり又一個銀行の閉鎖は其餘波延て他の銀行に及ふものなりとの理由に據て考ふるときは政府に於ては國立銀行存立中は勿論閉鎖の際と雖とも其憑信を失はしめざらんことに注意すること緊要なるのみならず一箇國立銀行の閉鎖を處分するに於ても其餘波を他の銀行に及はしめざらんことに屬目せざる可らざるなり曩に政府が飯山銀行の處分を爲せしが如きは銀行條例第拾二章中の條目に據りて鎖店を命し特例監督役を命遣し公債証書を沒入して銀行の借財償却を處辨し及ひ其銀行發行紙幣を官府に於て引換へたるものなれば素より間然す可らざるの處分と謂ふ可し又飯山銀行の分散は我國銀行設置以來の初發に係るを以て斯く條例に照して嚴に處分を爲すは大に他の銀行をして戒愼せしむるに足る可しと雖とも今後營業の停止を命せられたる者を處するに一切この例に從はんとするは我輩の大に取る能はざる所なり何を以て之を云ふ歟夫れ斯の如き方法を以て之が處分を爲すときは銀行の株主と其貸主を損害すること甚た多し假へは資本金拾萬圓の銀行にして拾萬圓の負債ある者が斯の如き處分を受るときは其負債の償却は家屋倉庫等の賣拂代價に依頼せざるを得ざれば其債主は恐くは貸金の十分の一たも償却せらる可き望み莫かる可くして其株主は株金の悉皆を損失に歸せざる可らず而して株主及ひ貸主は既に斯く大なる損害を被るときは自ら銀行を嫌忌して之を憑信せざるのみならず斯く損害を被らざるものにても堅牢確實なる銀行に對し或は疑訝し或は危懼するに至る可きは明白にして實に人情の常と謂ふ可きなり

且夫れ斯の如く株主及ひ貸主に大なる損害を被らしむるに至らずして之を處分するの策莫きに非ずして斯の如き處分を爲すは猶ほ醫の病を治するに當り其治するを得可きの見込莫きに非るも一概に之を治す可らずと診斷して其匙を投し之を治するの方法を探究せざるの類にして决して策の得たるものに非るなり今試に民間の金銀貸借の有樣を看よ不幸にも借金は常に催促を受て貸金は常に償却を怠るもの多きに居るに非ずや既に斯の如く金錢貸借の約束を破壞するは殆と常なるの世の中に於て悉く其約束を履行せしめ貸借の期日に至て償却せざるものは皆之を官に訴て身代限りの處分を仰くに至らば人民の過半は悉く分散するに至る可しと云ふも敢て誣言に非るなり然れとも實際に〓ては貸主は借主を分散せしむるも悉皆の貸金は領收す可らざるを了知するが故に借主の歎願を容れて月賦或は年賦償却の約束を結ふに至り人民の過半も幸にして分散するに至らざるなり葢し銀行の金銀貸借の如きは尋常民間の貸借とは異なるものにて銀行には別に制定せられたる條例もあることなれば素より此條例に凖據して之を罸するの法をも行はざる可らざるは論を俟たずと雖とも銀行の閉鎖の爲めに其貸主に〓て罸を蒙らしむるは抑も亦罸の當を得るものと云ふ可らず且銀行なる者は其憑信に■(「一」+「由」)て立つものなれば可成丈け此憑信を失はしめざるの處分を行ふは最も肝要なる可きを以て政府は銀行の閉鎖を處分するに當り民間貸借の示談法を斟酌折衷して容易に分散の處分を擧行せざるは通俗情實の世界に止むを得ざるの策にして又實際の上策と謂ふ可きなり

葢し民間貸借の示談法を斟酌折衷して銀行の閉鎖を處分するの法とは我輩の考案にて例之へば資本金拾萬圓の銀行にして拾萬圓の負債を爲し辨償の目途立たずして遂に政府より鎖店を命せらるるに至れば政府は直に其跡引受て中央銀行に命して其銀行の名稱を保續せしめ從前の如く紙幣を發行せしめて其抵當の公債証書は政府に預り き其利子は年年に中央銀行に下附し中央銀行は之を以て年賦にて其銀行の貸主に償却するときは年年下附の公債証書の利子は公債証書の實價に對して一割と見積れば其全額殆と八千圓なるを以て凡そ拾三箇年にして悉く負債を完〓し得可し而して此拾三箇年の間には株主は配當金を受領するなしと雖とも之を經過したるの后は舊に復するを得可きなり

今右の考案に據れば政府は■(さんずい+「ム」+「月」)滴だも損益する所なくして貸主には貸金の元金を償却し株主には拾三箇年の後に於て株金を快復するを得べし斯の如くするも貸主株主共に全く害を免かるるに非ず一は十三年の間無利足にて徐徐に元金を回復し一は十三年の後一時に無利益の資本金を復するのみのことなれとも之を彼の分散處分に附し一朝の震動に元利を併せて烏有に歸するものに比すれば天淵の差違にして亦以て人情を慰め銀行一般の憑信を維持するに足る可き歟敢て之を江湖理財の士に質す