「日本人民布哇國移住（昨日の續）」
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時事新報に掲載された「日本人民布哇國移住（昨日の續）」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
日本人民布哇國移住（昨日の續）
以上論述する通り「サンドウイチユ」緒嶋の土人の人口逐年■（にすい＋「咸」）少するを以て其補欠の法を日本に求め日本人民の移住を希望するも到底其詮なかるべきが故に我輩は布哇國政府に向ひ日本人民移住〓は〓分〓〓する方然るべしと忠告するなり然れども世上に風説する如ク布哇國政府は此策の施行に熱〓し日本人民移住の費用に五十万弗を支出すべき覺悟にて大に周旋する所あり隨て我日本政府も之を賛成し人民を奬勵して布哇國移住を企てしめんとするか我輩又日本國のために之を取らざるなり
當時我日本人民が險を冐すの勇氣と難に堪ゆるの辛抱に乏しく移住人民たるに甚だ不適當なるは自慢すべき事柄にあらず我輩實に之を厭ひ遺憾措くこと能はざる所なりと雖ども如何せん我日本人民は其勇氣其辛抱世界を驚かすに足るものあるにも拘はらず祖先傳來幾十百年の教育習慣を以て絶大の勇氣辛抱も其區域を一郷一國の内に限るべきものたりしが故に今日俄かに國を越えて廣く國外に擴めよと云ふは願ふべくして行ふ可らざる注文たるに近し試みに十五年前の日本を回顧すへし二百七十の大小名全國に分居し法律制度を異にし風俗習慣を殊にし歴史昔話りも一藩限りなり徃來交際も一藩限りなり士農工商に論なく功名富貴毀譽榮辱一も一藩の外に出るものなし即ち人間の運動を一藩の内に限り狹き日本國中更に又二百七十の小天地を作りたるものなりき多數の人民中には晏如として自家の小天地を守ること能はず間間時俗の外に逍遙したる者なきにあらずと雖ども斯の如きは誠に千百中の一人にして例するに足らず全國過半數の人民は此等の人物を評して狂人と云はざれば薄福の人と云ひて哀憐したるのみ故に今日に至りても多年人心に固着の習慣は其力思ひの外に強大なるものにして俄かに其心を轉して一郷一國の小天地外に逍遙せしむること難し則ち今の日本人民が一人個個の罪に★あらずして★祖先傳來幾十百年の教育習慣の然らしむる所なれば是非もなき次第と云はざるを得ず然れども凡そ天下の事は是非もなしと云て止めば際限もなきことなるが故に今日本人民が移住者の勇氣辛抱に乏しきを見て其發育を自然に任せず大に之を扶け長ぜんとするか我輩も亦甚だ此義に同意なりと雖ども之を實際に施さんとするには必ず先づ順序の前後利益の大小を計らざるべからず布哇國住移の如きは順序の最も後にして利益の最も小なるものと信ずるなり
今の日本人民を奬勵して「サンドウイチユ」緒嶋に移住せしめ我日本に何の益する所あるや無産無識の下等人民を驅て此の二三小彈丸の地に到らしめ土人に代て甘蔗を植え綿を摘み其名は堂堂たる日本の殖民にして其實は賣奴一般の賤業を執らしめたりとて日本に益ありとは思はれず必ずや有産有識の上等人民をして大に其進取の氣象を揮ひ自から此事に當らしむるを以て始めて殖民の体面を成し本國日本の益を期するにも至り得べきなり然るに惜い哉彈丸の地〓士を容るるに足らず賣奴一般の賤業の外に特別に便利なる事業あるなし「サンドユイチユ」嶋の地位と云ひ其土地の狹隘至極なると云ひ永く〓航の船舶に薪水供給の地たるに止まり農工商業一も其繁昌を致し得べき見込あるへからず斯の如き土地に向て移住を企るは正しく勞と財とを徒費するに過ぎざるのみ我輩日本國のために之を取らざるなり然るに移住論者は利の少なきも無きに優ると云て布哇國移住を奬勵せんとするか、日本國内之より急にすべきものあり北海道は如何、日本西南諸州の人口稠密なるは世界中多く其比類を見ざるものなり何ぞ此の餘りあるの人民を移して北海道の不足を補はざるや北海道の廣きは布哇緒嶋の十幾倍にして山海遺利の饒多なるは布哇緒嶋と同日の論にあらず北海道の移住尚ほ未だ其功を竣らず何の餘力ありて布哇を顧みんや前後の勘辨なかるべからざるなり今より幾年の後北海道の人員既に十分なりと云ふに至らば此時こそは大に日本國外の移住に力を盡すべし然るに此時と雖ども着手の順序は布哇國より先なる者甚だ多し濠洲及び南北亞米利加等即ち是なり此諸洲に移住したる人民の幸福の大なる實に人をして羨望に堪えさらしむるものあるなり土地の廣大なるは志士の驥足を伸ばすに足り遺利の饒多なるは幾千万人をして猗頓の富を致さしむるに餘りあるべし彈丸の布哇嶋に流謫せられて甘蔗畑に勞作するの類にあらざるなり故に我輩は我日本政府に忠告す目下世上に風説する如く布哇國政府より移住一條の談判ありて日本政府の助力を依頼することあらば斯の如く答へよ目下日本國には北海道移住の事務あり不日之を了りたる上は更に濠洲及ひ亞米利加等に殖民せざるべからず右等の事務を完了したる後は幾重にも貴國の御所望に應じ費用と手數とを惜まず大に日本人民の布哇國移住を奉行すべきなりと