「郵便條例」

last updated: 2019-09-08

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時事新報に掲載された「郵便條例」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

郵便條例

來る明治十六年一月一日より實施せらるべき新郵便條例は去る十六日太政官第五十九號を以て布告ありたり當初我輩が其筋に於て現行の郵便規行を攺正し大に郵便稅增減の企ありと聞くや飽まで增稅の非を論じ現行の郵稅を增加するにあらず却て之を減少して郵便法の攺良あらんことを希望したりき然るに今現行規則攺正の原案が參事元老兩院の議を通過し此五十九號の郵便條例と成りて現出したるを見るに至り我輩實に當局者のために其攺正の不充分なるを惜み今更遺憾に堪えざるなり

新郵便條例の現行規則に異なる所にして最も世人の注意を要すべきものは大略左の如し

一 現行規則に於ては郵便局なき在村に差出す書狀端書、新聞紙、書籍等總て一個に付一錢の增稅を拂ひたるもの新條例に於ては郵便局の有無に抅はらず都市在村何れの地に差出すにも同一樣の郵稅にして增稅を要せざること

一 現行規則に於ては東京橫濱大坂京都など云ふ一市内往復の書狀、端書、書籍等は普通郵稅の半減にて書狀一通一錢端書一枚五厘等なりしもの新條例に於ては普通郵稅と同額に攺め市内郵便法なるものを廢したること

一 現行規則に於ては新聞紙雜誌類幷に學術技藝會社の報告等定時刊行物は一個二厘五毛の帶封印紙にて一市内を配達したるもの新條例に於ては全く之を廢し市内配達と雖ども全國内同樣一錢の郵稅を要すること

一 現行規則に於ては諸新聞社へ通信する新聞の原稿は無稅遞送の部類に屬したるに新條例に於ては普通の書狀同樣有稅の郵便物と攺まりたること

一 現行規則に於ては公衆の利害に關する官省院府縣等への建白書嘆願書等は無稅遞送の法なりしに新條例に於ては普通の書狀同樣有稅の郵便物と攺まりたること

右の外に勸農上の通信等を無稅にしたりしを有稅に攺め地方〓廳と人民との間等に往復する書類を減稅にて返送したりしを普通稅に攺むる等多少の變攺ありと雖ども前記の數條を以て今回攺正の重立ちたるものと見傚して宜しかるべし然るに此攺正中に就き在村の增稅を廢したるは甚た好しと雖ども之に續き全國一價郵便法を書狀目方二匁に付二錢端書一枚一錢に定めたるは我輩が當局者に對して大に失望する所なり時事新報の讀者は記憶せらるへし我輩は書狀一錢端書五厘て以て全國の一價法を定めんことを希望したり然れとも今日に至りては當局者は我輩と意見を異にすること明白なるを以て我輩は更に地方〓〓合に依て此〓の調和を謀り書狀目方四匁に付二錢端書一枚一錢と攺正せんことを希望するなり現行の郵便法に於ては書狀一通分の目方極めて僅少なるを以て書狀を認るに少しく油斷すれば忽ち一通分の制限を越え或は印紙を添附し或は不足稅を追課せらるること吾人が常に實撿する所なり是等の理由よりして書狀差出人は勉めて目方の減少を謀らんがため封筒までも輕量脆薄の紙を用ひ遞送の際に破損して遂に之を配達する能はずして止む等の不都合あることと見え時々驛遞局より廣告して堅質の封皮を使用することを勸告したることあるなり故に西洋諸國の先例に從ひ書狀一通の目方二匁を攺めて四匁と爲すは差出人のためにも取扱人のためにも共に便益の多きを知るなり又新聞紙等定時刊行物の二厘五毛の帶封印紙を廢したると新聞原稿の無稅を有稅に攺めたるとは學事奬勵知見廣通を勸るの趣意に非らざるが如し之を彼の米國政府が每日刊行の新聞紙を全國に遞送するに一部に付一个月の郵稅十錢を〓し又毎週一回刊行の雜誌なれは其一郡内限り無稅遞送を爲すものに比すれは實に雲泥の相違なりと云はざるを得ず我輩は新聞記者たるが故に之を言ふに非ずと雖ども爲めに日本の文明は其進路に多少の難澁を見ることある可しと信ずるなり又人民の利害に關する建白請願書等の無稅遞送を廢したるは我輩又其理由を知るに苦しむなり英國の郵便法にても人民より女王陛下に直奉の請願書國會院に出す建白請願書等は悉皆無稅遞送ならざるはなし或は之を有稅にしたりとて請願の減少するにもあるまじく之を無稅にしたりとて面倒を增すにもあるまじけれとも請願書の無稅遞送は亦以て政府寬大の名を表するに足るものならん歟又我輩は今回郵便法攺正の過きたるを惜むのみならず又其足らざるを憾む者なり彼の書籍商品見本類の遞送の如き何故に其郵稅を低下して現行規則の不都合を攺良せざるにや新條例を見るも内國の書籍類遞送稅は英米等海外万里の諸國に遞送するものよりも依然三四倍の高價に在り是亦學事〓〓の〓否に影響すること少小ならずと信するなり回顧すれば明治八九年の頃にてありき英國倫敦の權力ある一新聞が當時の日本郵便法を論じて日本政府〓〓〓原稿を無稅にて郵送すると一「フハーヂング」(英國銅貨の〓日本の五厘に當る)の端書を發行したるとは我輩をして驚歎せしむるの外なし郵便の攺良法甚多しと雖ども世界万國未だ一「フハーヂング」の端書を〓行したるを聞かず日本政府が知見廣通を奬勵し鋭意文明に進むの決心〓〓るに足れり後世實に畏るべし焉ぞ〓らん他年東海の表面に我英國を〓〓〓する一大文明國を現出すべきをと口を極めて賞讃したるを見て當時我輩は五厘端書とて全國に通ずるものにはあらざるを倫敦新聞の言は少し溢美に失したる恐れありと口には言えとも心には十分得意自負の思ありたり然るに今此賞讃得意の尚ほ生々しき最中に突然新條例の頒布に遇ひ我輩は又英國人のために何等の賞讃を蒙るべきやと一念忽ち赧然たらざるを得ず嗚呼我日本郵便法に關しては彼の英國人に聞かせともなき事少なからざるなり