「政治社會の多事」

last updated: 2019-09-08

このページについて

時事新報に掲載された「政治社會の多事」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

政治社會の多事

烏兎匇々今年も早既に殘り少なき日數となりぬ顧みて明治十五年の一年間を見れば政治社會に於て頗る多事の日月なりしと云はざるを得ず開拓使を廢して北海道の三縣を新置したるが如きは寧ろ昨年の殘務なりとして本年の政治に緣なきものとするも彼の伊藤參議が憲法取調用として有名なる獨逸國に赴かれ有栖川左府の宮が歐米各國の帝王等を訪問のため洋行せられ續きて近日に至り在野の後藤板垣両君が歐米遊歷として出發せられたるが如き皆我政治社會に大關係を有するものたること論を俟たず然れとも此等は皆本年の現像中に數へんより寧ろ明年の部に讓る方適當なるべし如何となれば此等の事件が政治社會に大關係を有すと云ふも諸君が橫濱を解欖せられたるを以て則ち然りと云ふにあらず唯明年歸朝の後に至り政治社會に一二大波亂を添るの原因たるべしと云ふを以て此數事件の性質を重大ならしむるのみ故に我輩は諸君の洋行を以て嚴冬の梅蕾に比し一陽來復南枝巳に春を報ずるの時にあらざれば之に梅花の名を下たすことを欲せざるなり或は彼の共同運輸會社設立の如き元是商賣社會の一事件たるべきに其性質頗る政治社會のものに類似する所以は運輸會社の資本金六百万圓の内其半額に近きものは直ちに政府より支給する所にして隨て在朝の人々に此會社の設立を贊助せらるる者多きと此會社〓設のため直接の影響を蒙るべき〓〓會社〓一個の〓〓商社たるにも拘はらず從來〓政治社會〓〓〓〓何ら〓〓する所あるな〓の〓聞よりして遂に此〓〓を呈するに至りたりと云ふ者あれとも我輩は此事件を〓して政壇上のものと稱するを好まず三菱會社なり運輸會社なり唯是れ政府より金を貸し又其株金を出して人民の〓を奬勵保護するものに過きされば固より政治社會に緣あるものに非ず仮令ひ或は有緣なりと云ふ者あるも我輩は之を云ふを好まず若しも實に有緣の者ならば當局者は力を盡して其緣を斷絶し純然たる商賣上の事業たらしむこそ政府の本色と云ふ可きなり

斯の如き理由なるが故に本年政治社會の繁多なる事件の中最も重大と稱すべきものは全國内の政黨團結幷に之に附帶するの諸事と朝鮮事變とを以て其最とすべし春來全國在野の志士等大に政黨團結を謀り八十餘州の草木政黨の風に靡かざるはなき有樣にして政府は集會條例の改正を爲す等にて大に尽す所あるが如くなりしと雖とも天下の風潮は遲回すべくもなく漸く其根底を固くし其及ぶ所を廣くし所謂官民の軋轢なるもの日に益甚たしく發して縣會の爭論と爲り地方施政の困難と爲り演説會中止解散と爲り新聞紙發行停止禁止と爲り其現〓枚擧に遑あらず近くば福島縣下の騷擾の如き單に道路開〓賦課金の苦情のためのみに止まらず危險なる性質を含蓄するなりとの取り沙汰ある程にして徵兵令地租改正以來の騷擾たるべく其脉胳の通ずる所は或は大に之に過ぎたるものあるが如き有樣なり此際彼の演説會の中止不認可或は新聞紙發行停止の類は頻りに其數を增加するのみならず發行停止の如き大に其期限を長くしたるの成跡あるに似たり斯の如き景况にて進行せんには何れの處にまで達し得て止まるべきや之を卜知すること甚だ難し斯くては我輩の持論たる官民調和も遂に其成るの日に逢ふこと難かるべきかと我輩が竊かに憂苦する所なり然るに眼を轉じて國外の有樣を〓るに本年七月朝鮮の事變以來は日支韓三國の關係俄かに其面目を新たにし日支両國の兵士は京城内に屯在して相對立し韓廷の重臣は本國と支那との〓に徃來して大に謀る所あれば支那政府も亦大に韓廷の政務に干涉せんとするの決意あるが如く又日本に渡來の朝鮮使臣等は只管日本國人に依賴して本國の文明富强を謀らんとするものの如く東洋の政略に〓する日本の地位は當時實に困難〓極のものと云はざるを得ず東海に慘憺たる此密雲は或は雨と成るや雪と成るや或は一陣の大風忽ちに之を吹去り盡くして靑天白日陽和の〓に復すべきや今より明言し得る所にあらずと雖とも兎に角に時に及で〓土〓戸の準備を爲すは目下急要の大計たること我輩の評論を要せざるなり然るに今日の有樣の如く全國〓〓を擧げて只管内國〓〓の事に忙はしきが如き形跡あるは我輩の最も〓〓する所なり眼を閉るの勇ありて新聞を讀まず耳を掩ふの勇ありて演説を聞かざるときは心身の安息を求ること容易ならんと雖とも國權に關係したる東海の密雲は耳目の閉塞を以て〓〓し得べき〓〓にあらず〓そ知らん其眼を閉〓耳を掩〓〓〓〓閲〓に日を渡るの際早〓既に救ふ可らざるの事〓〓〓〓〓止を得ざるの手段に逼迫せらるるも時節なきを我輩は之を思て寒心せざるを得ざるなり