「參議長を置くの風說」
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時事新報に掲載された「參議長を置くの風說」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
參議長を置くの風說
商品の賣買を爲すに直段步み合ひと云ふことあり賣る者は二十六圓にて賣らんと云ひ買ふ者は二十圓にて買はんと云ひて直段の押合ひを爲し相談纏らざるときは双方より步み合ひ賣り直と買ひ直の中間二十三圓にて手を打ち無事に賣買を了ることありと雖とも一國の政治は商品の賣買を以て例す可らず甲の當局者と乙の當局者ありて自家銘々の意見を主張し議相合はざるときは中間步み合ひの政略に手を打つことと定めんに一國の政治は運轉すべしとも思はれず斯の如き塲合に於ては袖手無爲人間社會の風雨に暴露し自から衰微滅裂するか否らざれは期せざるの事に遇ひて期せざるの所置を施し止むを得ざるの事よりして止むを得ざるの事を生し一旦宜しきを失ふの所置あるに際して各般の事一時に潰裂し遂に復た拾●(しょうへん(将の左側)+又)す可らざるに終るを常とするなるべし目下日本の政治は其目的何邊に存するやと云ふに不日立憲政体を設けて君民同治の政を實行するの準備を爲し傍ら世界の文明に後れざる樣に事物の改良を怠らざるに在るは明々白々の事實なりと云ふべし其目的斯の如く明白なりと雖とも之に達するの政畧を實行するに當り或は彼の步み合ひの政略を取るの不幸あらんとするか其事實に不都合なること吾人か想像にも及ばざる所あるべし譬へば爰に一行の旅客あり東京より京都に到るがために既に其途に就きたりとせんに一人の〓導者云く路を東海道に取るべし他の一人云く中仙道木曾路を行くべしと銘々信じて以て便路と爲すものに由るの利益を擧げ他の街道の不便を數へて相讓らざることあらん斯くては果てしとて双方步み合ひの相談と爲り東海道にも由らす中仙道にも由らず両道の中間を行くことに決定したりとすべし〓足の〓三日は無事平穩の旅行なりしも一朝忽ち〓見たる富士山〓の〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓一〓〓易にして〓〓言ふ〓〓〓東京〓〓〓〓〓〓〓〓〓行の目的としたる京都に〓するの期なかるべし然らば旅の恥はかきすてと觀念し車を推して富士の絶頂に登らんか勞力と費用と時日を要すること大なるは我慢すべきも首尾よく山を越へて目的の京都に達するは甚だ覺束なく結局の成跡は人馬共に轉墜して世人の笑を〓すに過きざるべし是京都に行くの法にあらざるなり若し此一行の人々にして果して京都に達するの誠意あらば斷然〓導者の一人に左袒し東海道なり中仙道なり其一に由りて〓行すべし勿論此両街道には各其固有の便と不便とありて共に完全無缺のものと稱するに足らず〓て〓段の塲合の如く中間の路に由るを以て一應道理あるものと爲すの憂もあることならんと雖とも其便と不便とを問はず一たび両者の一に由りて進行を始めたる以上は早晚必ず京都に達すべきや明白なり是則ち此一行の本意なるべし今日本の政治に於けるも亦斯の如し其目的の明白なること京都の旅行に異ならず唯馬首を西にするのみと云ひて足るものの如く甚だ簡單なりと雖とも其目的に到達する實際の道筋に至ては大に然らず或は東海道あり或は中仙道あり各其長を取りて捷路に就かんとすれば忽ち車を富士山の絶頂に推すの奇觀あるべく其困難實に名狀す可からざるべし之に處するの法は預め目的に達すべき道筋を定め一人の〓導者に委任して此道筋を直行するの外なかるべきなり近日道路に風說する所に據れば我政府に於ては近々參議長なるものを置かるるやの評議ありと云へり其事實に相違なきや否は固より知る可らず又其權力の如きも何樣のものを附與せんとするか或は此職は參議中の一人をして之に任ぜしむるものか或は太政大臣の名を參議長と改むるものか又或は太政大臣にて之を兼ね太政大臣兼參議長の名を以て其實を表せんとするものなるか單に參議長の名を聞きたるのみにては其仕組の詳細を知るに由なしと雖とも蓋し又我輩の所謂中間步み合ひ政略の恃むに足らず必ずや實權の所在を一人に限り一人の命令に依て一個の街道を直行するの外に今の政に從ふの法なしと云ふの意よりして名實の齟齬もなく政略の步み合ひもなく權力の本源を明確せんと云ふことならんか果して然らんには太政大臣なり參議長なり其名に依て其實を正しくし政に從ふの基礎を固くすること今日の急務たるに相違なかるべし
今や日本國事の多〓なる其急施を要するの切なる我輩其比類を見ること希なりと信ずるなり陸海の兵備〓にせざる可らず支那朝鮮の交際忽せにす可らず〓〓〓〓の便〓さざる可らず官民の〓調和せざる可らず其他小目を數れば枚擧に遑あらず此困難の所に當りて國に不忠ならざらんとするは其任の重き〓〓〓〓〓帝ならざるや日本は富强の〓〓〓〓〓〓日本は〓〓〓〓〓〓〓〓〓日本〓〓〓に進まざる可らず此重任に當る者は日本のために大に盡す所なかる可らざるなり