「日本帝國の海軍(昨日の續)」

last updated: 2019-09-08

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時事新報に掲載された「日本帝國の海軍(昨日の續)」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

日本帝國の海軍(昨日の續)

佛蘭西は歐洲の中原に在て新獨逸國と對峙し陸軍の強大は兩者の間に兄弟を判し難き武國なるが英海軍の強大なるも亦英國を除くの外當時世界第一の名譽を有するものなり佛國の海軍は往時甚だ有名なるものなりしが第十八世紀の末英國と開戰絶ゑ間なかりし時に際しアブキル及ひトラフハルガルの両海戰に英將「ネルソン」のために全艦隊を微塵にせられてより佛國の海軍頓に衰微して復た振はず千八百三四十年の頃は軍艦の數僅かに三十三艘なりしこともありし程なるか「ナポレオン」三世在位の頃より漸く海軍の勢力を復し近年に至りては世界第一と認定せられたる英國の海軍を肩を比するに至りたるは實に盛んなりと云ふべし殊に近日佛國海軍の大改革と稱すべきは千八百七十二年(明治五年)海軍卿より全海軍改造の議案を國會に提出して其同意賛成を得直ちに之に着手したるの一事なり此改造案に依れば千八百七十二年より千八百八十五年(明治十八年)迄の間に新たに大小軍艦二百十七艘を製造することにして此製造費の豫算額は銀貨一億二千百卅万圓なり新艦の出來するに隨ひ當時現在する舊樣の軍艦は漸次に解船或は賣却することとし爾後千八百七十八年迄に實に六十九艦を解船したり爾來今日に至るまで佛國海軍省は鋭意新艦の製造に從事し其事業既に成るに近し今三年を經て千八百八十五年以後に至らば佛國海軍は英國以下歐州諸大國の膽を寒からしむるに足るものと爲るべきなり千八百八十一年度佛國海軍〓屬地事務省の定額は銀貨三千九百十万圓にして軍艦の總數四百九十八艘此内五十八艘は銕艦なり而して又此五十八艘中の二十四艘は舊製の軍艦なり甲銕の厚さは舊艦の五寸弱を最下とし新艦の二尺二寸を最上とす裝載の大砲は口徑四「インチユ」のものを最小とし重量百噸のものを最大とす進行の速力は十「ノツト」を最緩とし十四「ノツト」半を最速とす造船費の如きは艦体等の大小良否に依て固より一樣ならず就中最も巨額なるものは「アミラル、ヂウペレ」號なり此艦の製造費は裝載の大砲其他幾項の費用を除き單に艦体と機關丈けの費用のみにて銀貨二百四十七万二千圓なり有名なる英國の銕艦「インフレキシブル」號の船体機關のみの製造費銀貨二百七十六万九千圓に比するも僅かに一歩を讓るに過きず佛國の海軍も亦盛なりと云ふべし目下歐洲諸大國の中に就き海軍の強弱に關して第一等の英國と第二等の佛國とを除き第三等に位するは何國なるべきや伊太利か魯西亞か將た獨逸か軍人の常に嘖嘖評論する所にして我輩遽かに其判定を下すこと能はずと雖ども故サルヂニヤ王「ヴィクトル、エマニウル」が伊太利全半嶋 る我輩其有膽に感服せざるを得ざるなり故に我輩は先つ伊太利の海軍を説かんと欲するなり伊太利政府は千八百七十七年(明治十年)新たに一令を布き同年より千八百八十八年に至る十年間を期して海軍を改造することに决し直ちに之に着手したり其法案に依るに軍艦四十六艘運〓船十四艘近海巡邏艦十二艘合計七十二艘を新造すべしとなり千八百八十一年度海軍省の定額は銀貨九百廿万圓軍艦總數は八十八艘此内銕艦十八艘甲銕の厚さは四寸半を最下とし三尺六寸を最上とす裝載の大砲は重量六噸半のものを最少とし百噸のものを最大とす進行の速力は十「ノツト」を最緩とし十六「ノツト」を最速とす伊太利政府が鋭意海軍を擴張するの中に最も世界の耳目を驚かしたるは世界無比の堅艦四艘の新造に着手して既に其二艘の製造を了り伊太利の國旗を飜して地中海上に現出したること是なり此四艦は「イタリヤ」「レパント」「デユイリヨ」「ダンドロ」と號し前の二艦は同形同種にして各其甲銕の厚さ吃水線にて三尺六寸大砲は百噸の「アームストロング」砲四門と其最小量のもの十八門を裝載し速力は十六「ノツト」なり製造の惣費用は各銀貨三百八十三万四千圓の豫算なり又後の二艦も同形同種にして各其甲銕の厚さ二尺二寸大砲は百噸の「アームストロング」砲四門速力は十五「ノツト」製造の惣費用は各銀貨三百五十万圓なり此四艦は彼の有名なる英艦「インフレキシブル」號佛艦「アミラル、ヂウペレ」號をも共に後へに瞠若たらしむるものにして目下實に天下無双の怪物なりと云ふべきなり我明治政府と同齡なる新伊太利國の海軍の進歩則ち斯の如し讀者は果して何の觀をなす歟      (以下次號)