「日本帝國の海軍(一昨八日の續)」

last updated: 2019-09-08

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時事新報に掲載された「日本帝國の海軍(一昨八日の續)」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

日本帝國の海軍(一昨八日の續)

魯西亞の版圖の廣きは世界に比類なきものにして歐羅巴大陸の東邊より亞細亞極東の邊陲に達して我日本帝國と境土を接するに至り其面積は實に世界全土の七分の一を占むる大國なり斯の如く版圖の廣大なるがために事實止むを得ず其海軍の手當も亦甚た廣し千八百八十一年海軍省の定額銀貨二千零六十万圓にして軍艦の総數二百二十九艘此内三十艘は銕艦なり然るに此三十艘の内にて「ピーター、ゼ、グレート」號と「ミニン」號の二艦と此他に二艘の有名なる浮砲臺船「ポポツフ」號と「ノブゴロツト」號とを除くの外他の二十六艘は甲銕の厚さ大抵四寸半のものにして稀に五寸或は六寸のものあり裝載の大砲は重量四噸乃至四十噸なり其進航速力の如きも過半は七「ノツト」内外のものにして十三「ノツト」に達するものは僅かに三四艘あるのみ魯艦中第一等の「ピーター、ゼ、グレート」號と雖ども甲銕の厚さ吃水線にて十四寸、裝載の大砲は口徑十二寸重量凡四十噸のもの四門と他に小砲六門、進航速力は十三「ノツト」のものたるに過ぎず而して「ミニン」號は又之に品位一等を■(にすい+「咸」)ずるの軍艦たるなり故に魯國の海軍は猛烈の性質を帶るものと云はんより寧ろ多數の銕艦を有するものなりと云ふ方適當なるべし

獨逸の海軍は今より三十年以前には僅かに三艘の軍艦を有するのみなりしが漸次に擴張して船艦の數を増加したり千八百七十年の夏より七十一年に跨り隣國佛蘭西との有名なる戰に勝利を得たる後は獨逸政府は一層其意を海軍擴張に傾け千八百七十三年(明治六年)に新軍艦六十七艘水雷火船二十艘を以て獨逸帝國の海軍を組織すべしと决議して其新造に着手し爾來今日に至るまでに製造竣功の軍艦既に三十艘に近し今後多年ならずして其目的に達することなるべし千八百八十一年度海軍省の定額は通常費銀貨七百零五万圓臨時費同二百八十四万圓軍艦の総數は八十一艘此内二十二艘は銕艦なり其甲銕の厚さは五寸乃至十寸にして裝載の大砲は口徑七寸を最小とし口徑十二寸重量三十六噸の「クルツプ」砲を最大とす進航の速力は九「ノツト」乃至十四「ノツト」半なり獨逸の海軍は當時正に疾歩して強大に進むものと稱すべし

以上數國を除くの外歐洲にて強盛なる海軍を有する者は土耳古、墺地利、和蘭等の諸國なり當時土耳古の軍艦は七十八艘あり此内にて十五艘は大に海軍の實用を爲すべき銕艦なり其甲銕の厚さは三寸乃至十二寸にして大砲は重量十八噸の「アームストロング」砲を裝載したるものあり進航速力は八「ノツト」乃至十四「ノツト」なり此十五艘を除くの外他は皆江河用の小軍艦にあらざれば舊樣老朽の大艦なり海軍將校機關士〓官水兵等一切の人員一万二千百人此内將校の最立ちたる人人並に各艦の機關士等は悉く英人なり先年魯土両國戰爭の日(明治十、十一年)に當り土耳古海軍の働は頗る拙なるものなりし「ダニウブ」河及び黒海の土國海軍は魯國海軍に比して幾倍の強大なるものなりしにも■(てへん+「勾」)はらず魯軍に向て何程の損害をも蒙らしむること能はず却て魯人のために前後十餘艘の大小軍艦を或は破滅せられ或は捕獲せられたるのみなりしが尚ほ此上に花花しき敗北は一回だにもなかりしとて世の軍人の評に上りたるも是非もなきことなり」墺地利の海軍は軍艦大小六十一艘此内十三艘は銕艦なり其甲銕の厚さは一寸半乃至十四寸半裝載の大砲は口徑十一寸の「クルツプ」砲を最大とし進航速力は十三十四「ノツト」のもの四艘あり海軍人員は八千百人なり」和蘭は人口四百万餘の小國なれども古來有名なる海軍國にて昔日は海王と稱して權勢比類なかりしは今の英國も及はざる程なりき目下同國の海軍は軍艦百三十七艘此内銕艦二十五艘然れども此等の銕艦は過半沿海防禦の目的を以て製造したるものにして其甲鉄の厚さは五寸内外進航の速力は七八「ノツト」の間なり外洋遠航の用に供する鉄艦は全海軍中僅かに二艘あるのみ海軍省の費用は東印度の所領地瓜哇に屬するものを合して毎年凡銀貨六百七十五万圓なり

以上諸國の外に歐羅巴大陸の西班牙、丁抹、瑞典、葡萄牙、希臘等の諸國も多少の海軍を有し多きは西班牙の九十九艘の軍艦内十一艘鉄艦海軍人一万五千六百人海軍費一ケ年銀貨五百万圓より少なきは人口僅かに百六十七万最〓たる小國希臘の海軍軍艦十八艘内鉄艦二艘海軍人六百六十人海軍費一ケ年銀貨四十万圓に至るまで其品種一樣ならずと雖も何れも其國の大小に相應する海軍兵備あらざるはなし我日本帝國は人口三千六百万の大國にして之を歐洲に求むるに墺地利と伊太利の中間に立つべき國■(てへん+「丙」)なり我輩今俄かに其墺地利ならず伊太利ならざるを責むる者にあらずと雖ども其地位〓〓に〓在して水を以て生命と爲す大國にてありながら歐洲最小國の海軍備を〓〓〓〓かに恐怖或は慚愧の念を禁ずること能はざるが如きは我輩自家のために謀て大に之を取らざるなり

               (以下次號)

○正誤 前號本篇論説中甲鉄の厚さ等を記すに(一尺)或は二尺とあるは(十寸)或は(二十寸)の誤なり一「インチユ」は曲尺八分四厘弱に當る