「日本帝國の海軍(去十三日の續)」

last updated: 2019-09-08

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時事新報に掲載された「日本帝國の海軍(去十三日の續)」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

日本帝國の海軍(去十三日の續)

我輩は過日來數回の社説に於て宇内各國の海軍を■(てへん+「檢」の右側)閲し畧其實况を知了したるを以て是より我輩は讀者と共に我日本帝國の海軍を■(てへん+「檢」の右側)し其實力果して一大獨立帝國の資格に適當するものなるや否を觀察すべし

目下我帝國の海軍は一箇年の定額三百四十万圓を費すものなるが近日道路の風説に從へば此外更に臨時費三百万圓の増加ありたりとか申せども我輩未だ公然たる告知を得ざるを以て其眞僞を斷すること能はず唯我輩は如何にもして此風説の眞ならんことを希望するのみ海軍人の總員は明治十四年の調に九千餘人軍艦の總數は大小二十七艘此内銕艦五艘扶桑、金剛、比叡、龍驤、東の緒艦是なり外に「ホワイ、ヘツド」水雷火船四艘あり以上總計したるもの之を大日本帝國の海軍とす扶桑艦は明治十年英國テームス河畔のポプラーに於て「サミユーダ」氏が製造したるものにして其雛形は先年我國に渡來したる有名の「リード」氏が供する所なり長さ二百二十尺、幅四十八尺、排水積三千七百噸、蒸氣機關は「ペン」氏の製造にして實馬力三千五百螺旋は二個を備ふ甲銕の厚さは吃水線にて九寸、裝載の大砲は口徑九寸半重量十五噸半の「クルツプ」砲四門と外に小量の「クルツプ」砲其他六門、進航速力は十三「ノツト」なり金剛比叡の両艦は同種同形の姉妹船にして其雛形は同しく「リード」氏の供する所なり金剛艦は明治十年英國ハルの「アール」造船所にて製造し比叡艦は同年英國ペンブロークの「ミルフオルド、ヘヴン」會社にて製造したり各長さ二百三十一尺、幅四十一尺、排水積二千二百噸、蒸氣機關は「アール」造船所の製造にして實馬力二千五百、甲銕の厚さは吃水線にて四寸半、裝載の大砲は口徑七寸〓重量五噸半の「クルツプ」砲三門四噸の同砲六門及び其他數門、進航速力は十四「ノツト」なり東艦は米國南北戰爭の際南部賊軍のために元治元年佛國ボルドーに於て製造し翌年内乱鎭定の後北部米政府の所有に歸し次で我徳川政府の買入るる所となりしものにして其原名は「ストーン、ウオール」と稱し有名なるものなりき甲銕の厚さは吃水線にて四寸弱裝載の大砲は大小の「アームストロング」砲四門と其外數門進航速力は九「ノツト」半なり然れども此銕艦は製造以來既に二十年に近き日月を閲したる老船なれば藝術日進の今日に當ては漸く將に外洋遠航の用に不適當なる齢に近つかんとするの恐あるなり龍驤艦は慶應元年英國アバヂーンにて製造したるものにして甲銕の厚さは四寸裝載の大砲は大小の「ヴハヴハシユール」砲及び其他のもの十餘門進航速力は七「ノツト」なり以上五艘の銕艦を除き蒸氣木艦中にて堅牢の良艦と稱すべきは横須賀造船所にて製造したる新軍艦清輝、天城、海門、磐城及び不日落成の天龍其他外國より購求したる日進、春日、筑波、孟春等の緒艦並に御召艦迅鯨號是なり

讀者は今此大日本帝國の海軍を以て他の宇内各國の海軍に比較し果して何等の感情を起さるるや必ずや其未だ強大ならざるを憾むの外なかるべし今や文明の風潮は滿天下に横溢して漸く道理の世界たるに近つかんとするの勢なきにあらずと雖ども畢竟唯學者社會の希望に止まるに過ぎず顧みて其實勢を見れば各國の交際は今仍ほ弱肉強食の呑噬主義に從ふものにして力の存する所即ち理の歸する所たるの實あるを免かれず今後幾十百年の間と雖ども亦必ず斯の如くなるべし然るに此呑噬搏撃なるもの昔日に在ては其區域甚だ狹く隨て之に備るの術も頗る容易なるものなりしと雖ども彼の蒸氣船車電信等の發明以來は世界を縮小して從前の百分一にも足らざるものと爲し人事の繁多なる實に名状に堪へざるものあり故に一國の兵備に於ても昔日は左右二三の隣國を目的として事足りたるもの今は則ち我比隣たる世界萬國を目的として常に其擧動に注目し之に應ずるの備を爲さざるべからず今の國を維持するの困難は實に昔日に百倍するものと云はざるを得ず我日本帝國の如きも一國を成して宇内に立ちたる以上は立國必要の兵備なかるべからざるは固より論を俟たざるべし而して今の海軍の儘にては此四面環海の帝國を維持するに或は大に不足する所あるべしと覺りたらん以上は即坐に海軍擴張に着手すべきは理の當さに〓るべき所なるべし然るに目下我日本帝國の海軍は何程のものにして滿足すべきやと云はんに當局者其人に於ては既に其定見あること無論なりと雖ども我輩局外の人は之を斷定すること甚だ難し故に今之を言ふも或は其當を失して却て當局者の笑を招くの恐ありと雖ども先つ我輩の考案に依れば既に我海軍に東海鎭守府なるものありて之を横濱に設置せり自今之を擴めて中國の西海鎭守府、九州に南海鎭守府、北海道近傍に北海鎭守府を増〓し各鎭守府に〓屬するに堅牢快脚の軍艦十二艘の大艦隊一個を以てし外に世界周航の遊軍として一個豫備軍として一個を備ることとすれば總計七十二艘の新軍艦を要することなるべし軍艦製造費は船の種類に依て一樣ならず三四十万圓の廉なるものより三四百万圓の廉ならざるものに至るまで各我が擇ぶ所なりと雖ども平均一艘五十万圓のものにして滿足なりとするときは我日本帝國の海軍擴張の費用は三千六百万圓内外にして十分なるべし然るに又擴張の方法は全五箇年にして目的に達せんとすれば一年に七八百万圓の支出を要し十年の後を期せんとすれば一年に三四百万圓の支出なるべし目的に達するの遲速は唯其辨じ得る所の金額の多少に依て之を定むべきのみ (未完)