「米國叢談」
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時事新報に掲載された「米國叢談」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
米國叢談
社友村井保固氏は明治十二年九月を以て東京を發し大平洋を航して桑港に達し紐育に赴き同府某商社に事務を執り留り居ること三箇年餘本月を以て一旦歸國したり依て同氏に就て彼地の景况を叩き余輩の感覺を惹起したるもの少からす即ち之を編録して讀者に分たんとす
凡そ本邦人の彼地に渡航する事事物物意想の外にあらさるものなしと雖ども船車上下の便利快速なると市街樓閣の廣大壯麗なる如き尤一驚を喫し恰も神通力を以て別乾坤を創造するものの如く思はる而して國内交際の頻繁なる事務の多忙なる夜以て日に繼き暫くも已むことなきのみならす大西洋を隔てたる歐洲諸國の事を聞くも一日を隔てず一國内の事を聞くか如し顧みて東洋の動靜を回視すれは一も社會に影響を及ほす程の事件あらず偶ま其事あるも彼國人は社會有用の談柄となさすして却て一種奇異の茶話となして之を傳ふるのみ殊に東洋の一部なる日本帝國のことに至りては尤も稀なりとす故に日本人にして米國人に交る支那人種と同一視せられて自ら輕侮せらるるを免れず仮令店頭にジヤツパンの大招牌を掲くるも日本は則ち支那の一部なりと誤認する者多し故を以て彼地にありては獨り日本の振はさるを歎するのみならす實に東洋の振起せさるを患ふるの念最も切なり但日本と交際の密なる同國人は頗る鄭重に待遇するものなきにあらすと雖も永く彼地に留りて深く彼の事情に通すれは愈益感慨に堪えさるもの多きに至る
元來彼國人の獨立の精神に富み職業に勉強するは非常のことにして人人相競ふて生活の快適を是れ求めんとす故に富んて愈侈り侈りて愈勉強し以て生計の困難を來すことなし即ち人間最大の目的は生活の快適にして各自其爲さんとすることを勉め復餘念あらさるものの如し是其國一般の習俗なりと雖も又教育の然らしむる所ならん凡そ彼國の子女を育する幼稚の時より各其兒の好む所に從つて自在に行爲せしめ敢て之を抑制するを用ひす又五六歳の時より毎月少額の金錢を與え兒の私有となし其好む所のものを購求すれは其金を以て支拂はしむることとす故に多く物を購えば餘錢愈少きを患ひ遂に蓄積の念を起し驕貪の風自ら熄むに至ると此等の情况日本と大に其趣を異にする所なり
彼國一般人民の國家の利害に注念するは其職業の如何を問はす男女を擇ばす多少政事思想を有せさるものはあらす然れども大抵二三先覺者の言行に就て其方向を定め深く其理非曲直を究めさるの状なきにあらす特り大統領擇擧の時に臨んては全國擧て狂するか如く各其黨の勢を張らんか爲めに種種の手段を用ゆることあり其一二を掲くれは市街各酒店に於て両黨候補者の省像を■（「畫」の上部＋下部はかんにょうの中に「田」）きたる扁額を掲け自黨の人物は莊嚴正直の意を表し他黨の人物は卑醜獰惡の態を寫し看者をして自然好惡する所あらしむ又壯年隊伍を編して市中を横行し大旗（自黨の候補者が他黨の者を或は押え付け或は踏付けるの状を寫す）を立て大鼓を鳴し虚聲を張る等の事あり亦以て一般人民の風氣を見るに足る而して世自ら政事家を任し社會に運動する者は大抵富有の人に限るものの如し即ち代言師の如き其多きに居る又演説會の設あるも平時にありては商業學術技藝等に係ること多くして政事に關すること甚稀なり
彼國毎州各其法律を異にし境を接するものも素より利害を異にするを以て各自其州の便利を謀るは自然の情にして互に相容れさるものありて或は他國の看をなすが如きものなきにあらず然れども一國の憲法は各州均しく之を遵守するは勿論其一般公共の利害に注念し而も愛國心に富むことも亦甚盛なり米人常に日本人に向つて米國の景况果して如何の看をなすかと問ひ日本と比較して何れか快適なるやと暗に自國の富強を誇示するの風あり又王國人の米國帝王なしと云ふに答へて米人は五千萬の帝王（即ち人民）ありとて意氣揚揚自得の風あるは他國人に其類を見さる所なり
彼國人の感覺に最も敏きは即ち各自の利害に關せることにして權利の爭より寧ろ財産の爭に傾くものと云ふへし故に租税の増■（にすい＋「咸」）の如きは各自の利害に關するのみならす大に商業上に影響を及ほすものなるを以て殊に注意の切實なる所とす現に本年の國會に於ては「デモクラツト」黨勢力を占めたるを以て其平素の主義とする■（にすい＋「咸」）税論を實行するに至るべしとの評ありて現に絹布輸入税六割を■（にすい＋「咸」）して四割となさんとする議を提出し其職工塲生糸商等には大關係を有することなれは種種計畫する所ありと近來「レパブリカン」は勢力頗る衰えたるか如しと雖も有爲才量の人物に乏しからす加ふるに全國の輿望を有するヘラルド新聞が〓黨を賛助するものなるを以て此新聞の爲めに興論を左右するの力甚た多く來年大統領擇擧の如きも其勝敗未た知る可からざるものあり（該新聞は政府黨を賛成するものなれども政府より保護金を受くる等のことは嘗てあらざることなり） （未完）