「國体の志想」

last updated: 2019-09-08

このページについて

時事新報に掲載された「國体の志想」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

國体の志想

    國体の志想           外浦外史

國体の思想とは大概に人種、言語、宗教、歴史等の相同しきより起る所のものにして即ち一族の人民か生誕の土地を共にし所生の祖先を共にし信仰の宗旨を共にし榮辱の口碑を共にして一國の一國たる所以を表するの氣風なり譬へは日本人の外國人に對して我こそは日本國人なりとの色を示し英國人の他に向て英國人民たりとの趣を表するは皆是れ各自其國体の思想あるが故なり去れは此思想は二ケ國以上相交際して始めて起る所の者にして孤立獨歩の人民には未だ曾て之あることなく假令ひ之あるも尚甚だ微弱たらざるを得す乃ち外交と國体の思想とは正しく相両立して離るべからざるものなりと知るへし然れども國巳に外交を開きたる上は直ちに彼此の間に貿易の道を開き交通の便を盛にし隨て各國互に公使を派遣するに至るを以て外交の道は自ら進歩して漸く親密を加ふ可しと雖ども獨り彼國体の思想に至ては外寇外侮等豫期すべからざる原因のあるにあらざれば决して發達するを得ざるが故に若し己に外交を開きながら其人民尚未だ國体の思想に乏しきの國あれば人爲の手段を以て之を養成せしむること盖し志士處世の急務と云はざるを得ざるなり

我國の始て世界文明の競塲に駈出たるは實に近年の事にして支那荷蘭等の數國を除ては全く海外の交際無かりし者と云ふべし去れば戰をなすも和睦を結ぶも唯日本人と日本人との關係にして曾て日本全面の考を以て外國に對するの塲合なく隨て我國民には國体の思想乏しかりしも誠に怪むに足らす又實に其用なかりしなり然れども爾來漸く各國と交通を開き徃復掛引日一日より混雜を加へ又昔日の如く遊遊閑閑として日本國内の事務のみに齷齪するを得ざるの日に至りたれば最早や我國民は大に國体の思想を養成して外萬國を相手取るの心搆せざるべからざるの要用を感ずるに至れり盖し外交以來我國内こそ巳に封建の舊政を仆し四民同等の位地を得て互に權利を重んずるの昭代とはなりたれども宇内萬國は正に是れ依然たる一大封建國にして腕力の實は常に道徳の虚を制し大、小を犯かし強、弱を凌き呑噬掠奪是極まる所の禽獸世界なり而して其小弱國の常に大強國の爲めに國權を縮少せられ同等の位地を得ざること恰がら昔時我國に於て百姓町人の武士に抑壓せられたるに異ならず我國の如き小且寡を以て斯かる恐ろしき世の中に立ち苟も寸分の國權を墜さざらんとするには我國人民一般常に日本合一の考を以て些些たる粉事に頓着せず能く一致結合の實を失はざらんことに注意せざるべからず〓からざれば兼て東洋に垂涎する所の〓〓〓〓國中或は〓〓を〓て舌を鼓するの奇觀を呈するに至るべきやも計り知るべからず深く鑑て尚足らざるものと云ふべし

一昨年より昨年に掛け如何なる世の風潮なるか政黨なるものの起りてより以來心の遷り易きは人類の常態忽ち國中の流行と爲り邊陬僻地到る處政治を談し時事を語り■(にんべん+「倉」)父野人亦主義の異同を論するに至れり畢竟大勢の然らしむる所にして其局處の得失は之を議するも無益なれば我輩は今日に迫て之を論するを好まず我輩の論旨は盖し其前に在て或は世人の注意を促かしたることもあらん之を促かして聴かれされば亦止むのみ或は今日に於ても徃徃論する所のものあれども其論や世人を以て見たらば亦今日の局處に適するものに非ざる可し聽かれされば復た止んて他年を待たんのみと雖ども唯目下に在て憂ふ可きは彼の政黨の沙汰ありしより以來何が人心不折合の色を呈し互に猜疑の念を抱て其軋轢の極或は凶器に訴て人を害し巳れ亦刑辟に陷るを知らざるの狂愚者あるに至れり畢竟我國民が國を開て外交に從事しながら此外交の重きに平均すへき國体の思想を思想せざるが故に徃徃斯の如き顯相を生するに至るなり盖し英雄豪傑は強膽大度にして喜怒色に顯はれずと雖ども小人匹夫は局量狹隘にして心膽縮少なるが故に事物に就て輕ろしく感覺を外部に發し忽ち笑ひ忽ち怒て深く之を心に〓すを知らずと云へり我國人民未だ必ずしも小人匹夫に非らずと雖ども眼界狹隘常に日本國内の事物に注目して宇内の大勢を知らず日本國内に小敵あるを知て海外万國に剛敵の存するを知らざるが故に瑣瑣たる小事に遇ふて或は〓恚の焔を燃やし時に或は暴虎馮河の勇を顯はすことあるに至るなり若夫れ日本全体の思想を以て廣く宇内の實勢を觀察し我國と万國との關係如何を顧慮するときは區區たる日本國内に於て兎角の紛擾を起し血氣の勢に任せて之に熱心するが如きは自から反省して慚愧に堪へざるものあるなり但し政論固より大切なり如何に人民、外交の思想を要すればとて全く内國の政治に頓着せざるが如きは我輩の甚た取らざる所なれども日本を以て天下と思ひ日本を制するは天下に王たるなりとの陋見を以て今日の世界を渡らんとするは太だしき間違にして實〓外國〓對する〓きは日本三千六百万人皆是れ兄弟に外なら〓乃ち勝つも兄弟に勝ち負くるも兄弟に負くることなれば云はは敢て汲汲として其間に勝敗を爭ふにも及はざる可きに事實に於て反對の〓相を呈するとは〓き入りたる次第にあらずや或はそは唯〓上の議論にして實際に行はれざる者なりと云ふ人あり又或は我國人とて全く國体の思想を有せざるにあらす彼攘夷論の起りしも我國人に日本國全般の考ありし証據にして爾來外交の開くると共に漸く發達せんとする者なりと云ふ人あり我輩亦甚だ能く之を知る知て而して之を唱ふる所以の者は其發達の度未だ我國の外交と並行せざるものあるを以てなり國体の思想を養成せしむること豈夫れ志士の急務ならざらんや