「政談の危險は人に存して事に在らず」

last updated: 2019-09-08

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時事新報に掲載された「政談の危險は人に存して事に在らず」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

政談の危險は人に存して事に在らず

近來各地の學校敎員其他少年の生徒輩が漫に國事を談して更に社會の事實を知らず浮躁輕薄底止する所なしとて之を憂る者多し其これを憂るの言を聞き又これを憂て之を防禦せんとするの方略を傍觀するに各地方共に異口同音にして防禦の方略も亦各地方共に符節を合するが如し即ち防禦の方略とは少年輩の輕躁なるを見て之を其不德に歸し不德なるが故に其德を篤からしめんとし、漫に政談に喋々するが故に喋々する勿れと禁止するものにして其趣は酒客に禁して酒を飮む勿れと云ひ茶人に〓めて菓子を喰ふ勿れと云ふに異らず、進むが故に退けと云ひ、右するが故に左せよと云ふ、誠に簡單明白なる敎にして其敎を解することは甚た易しと雖とも之に從ふことは甚た易からず蓋し社會人事の簡單にして交通音信の〓も不便利なる時代に在ては或は簡單なる敎も亦功を奏することなきに非すと雖とも苟も近時文明の騷然として人事の繁多なる今の世に於ては之に應するの略も亦自から近時の工風なかる可らず之を譬へは今の少年輩に時事を語る勿れ唯遺德の一方に心掛けよと云ふは今の遊猟者に向て鐵砲を用る勿れ唯舊時の弓矢を用いよと云ふに異ならず、成る程鐵砲は危險にして徃々怪我する者も少なからずと雖とも世間一般この危き器機を用るの風を成したる上は之を廢して無難なる弓矢に易へしめんとするも實際に行はる可きや我輩は讀者と共に決して其行はれざるを知る或は少壯の輩が時事を談して騷然たりとて其防禦の爲に之を禁するのみならず之を壓倒するの略に反對の主義を擴張せんとすれば其反骨主義の者も亦少壯の輩にして防禦の爲に却て又騷然たり畢竟經世家の目的は唯世上の〓に走て徒に騷然たるを憂ひ兎に角に之を沈着せしめんとするに在ることならん我輩に於ても甚た同說にして世の安寧靜謐を祈るものなれとも今他の騷然を防かんとして却て又一塲の騷然を釀すが如きは目的をば達すること能はずして憂る所の禍を二重にしたるものと云ふ可し傳へ聞く在る地方にて政談の喧しきを憂ひ其防禦の方略にとて某先生を聘し協議の上近傍にて有志者と稱する壯年輩を集めて經書の講義を開き巧に之を時事に說き及ほして〓く當世の輕躁政談を駁撃したれば忽ち地方の人心を一變して非輕躁政談の一黨を團結し舊時の政黨を目して誰れは輕躁なり彼れは浮薄なり談論以て之を壓倒す可し時宜に由ては腕力を用いても之を辱かしめざる可らずとて其騷然たること復た昔日の比に非すと云ふ蓋し其先生は純然たる漢儒に非されば洋學門の人にして巧に時機の儒風も裝ひ枉けて論語か大學を講したるものならん即ち論語大學を以て一地方の風波を起したる者なり

我輩世の輕躁者を惡むこと甚し又其勢を恐るること甚し之を惡み之を恐るるの情は他の經世家よりも一層の甚しきものならんと自から僭する所なれとも之を防禦するの〓に〓ては少しく異なる所のものあるが如し蓋し我輩は今の政談喋々に向て直に其衝に當らすして〓に一步を轉して其喋々たる由緣の原因を除かんと欲するものなればなり蓋し其原因とは何ぞや後〓少年輩の無學無〓〓れなり抑も政談の事たるや其事の性質に於て不良なるに非ず人民に政治の思想あると、無しと、何れか國の爲に利なるやと尋れば其思想に富むこそ目出度き次第なれとも之を誤用して〓の種子と爲る可きのみ其これを誤用するは政談の不〓なるには非ずして談する人の不良に歸せさるを得ず譬へば遊〓に鐵砲を用いて怪我する人の多きは鐵砲の粗惡なるに非ずして之を取扱ふ人の拙劣に原因するものの如し故に今鐵砲の怪我の〓を〓かんとするには其〓を取上るよりも寧ろ〓的塲を設けて火〓の用法を學はしむるに若かず之を學ぶこと愈深きに從て愈其道の難きを知り之を知りて愈これを勉め遂に銃〓の達人たるもあらん又或は之を學て上達せさる者は自省して自から〓を〓〓る〓あらん〓〓は誠に理の睹易きものにして必〓〓〓曲折に〓〓するにも足らさる程のことなり俚諺に生兵法は怪我の本なりと云へり今の政談喋々も〓〓生兵法の結果たるに過きず左れば其生兵法者をして兵法を廢止せしめん歟俗世界の風潮これを全廢するは人爲の及ふ所に非ず然は則ち怪我を少なくするの法は生兵法をして熟達せしむるの一策あるのみ