「合本會社の用を審かにす可し(一昨日の續)」

last updated: 2021-12-25

このページについて

時事新報に掲載された「合本會社の用を審かにす可し(一昨日の續)」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

凡そ歐米諸洲に於て恊力結合の主義盛んに行はるるは今更喋喋を要せざれとも商工業なり農業なり技藝なり政事學問宗教等一も會社あらざるものなし然れとも是れ多くは衆智を集め衆力を合し互に其理を講究して改良進歩を謀るものにして必ず資本を合し實業を營むものに限るに非ず况や合本會社の如きは一種の條例に依り法律上一個人の如く見做さるる者にして多數の人と金とを集め事業を營むものなれば彼國に於ても其社の大小を問はず業躰の如何に■(てへん+「勾」)らず何れの塲合に於ても合本會社は最も適應の仕組なりとして之を創起することはあらざるなり即ち合本會社の適用すべき者を掲くれば  第一 廣大の事業(是は事業の甚た廣大にして一人若しくは數人の資力を以て企ること能はざるもの例へば鐵道、電信、瓦斯、海運の業の如き其資本は億千萬圓を要するものに限り殊に其業着實にして危險ならず定靜にして變動少き者を以て適當とす)

第二 永遠の事業(是は事業の永遠に渉り一代若くは二代にして功を終はらざるもの例へば生命、火災保險の事の如きものとす)

第三 危險の事業(是は事業の性質頗る危險なるも亦大に利益の見込あるもの例へは荒蕪地を開墾し鑛山を★堀★鑿するが如き一個の身代を賭して行ふことを危ぶむもの此等は會社の法によれば仮令其目的を達せざることあるも各自の損失は些少にして若し目的を達すれば利益甚だ大なるものなり)

若夫れ以上三項の外に於て耳目の監督直接に頴敏なるを要し重大の事項と雖とも機に投し變に應して瞬息の間に可否を决せざる可らざる事業は合本會社の法に依る者なし依らざるにあらず依る可らざるなり况や〓〓百萬圓内外の資本を要するものの如きは一人の私力にて企を得べきが故に絶て會社の法に依ることなし銀行の如きは定靜實〓の業なりと雖とも時■(わかんむり+「且」)によりては變に應じて活發の掛引を爲さざる可らさるものなるを以て或は會社の法に依るを利とし或は之れに依らざるを便とし猶ほ議論を要すべきことなりとす而して歐米諸國各種製造普通商業の如きは多くは「パートネルシツプ」(組合の義)の法に依り父子又は親友或は其店の〓〓等二三人を限りとして資本を出し現に其道に熟錬し其働によりて大に損益を來すべきもの相合し互に責任を帶び〓營業するを常とし其業に經驗熟錬もなき無縁の人を騙りて資本を集むるが如きは嘗てあらさる所なり思ふに本邦會社の法を採用するもの未だ此等の區別を細問せず百事皆其法に依らんとするは蓋し誤用の甚だしきものなるべし

或人の説に歐米諸國と本邦とは風俗習慣を異にせり殊に彼は規摸廣大資産饒多にして我は狹小貧乏なり其狹貧なるものにして結合の區域を廣めざるときは狹は益狹にして貧は益貧に到底事業の盛大を期す可らず况や目下會社發達の時期なれば决して之を拒む可らず假令何の事業何の方向たるに拘らず其之く所に任じて漸次習慣を成し以て實益の所在を悟らしむるは却て本邦今日の急務ならんと云ふ者あれとも余輩の見る所は大に之れに反せり夫れ彼我習慣の異なる貧富の差あるは勿論にして余輩とても之を知らざるにあらざるなり然るに今習慣上に就て之を論ずれば從來我邦の商工業は多くは一家經濟法に依るものにして合本會社の仕組に適應せず今此習慣を變じて會社營業の法に導かんとするに忽ち又其極端に走り歐米諸國に於て先例もなき或は失敗の先例ある種種樣樣の事業にまで強ひて會社の仕組を適用し果して又失敗を見ることあらんには會社設立の習慣を成さしめんとの目的は却て會社を恐怖せしむるの結果に終ることあるべし或は又貧富の差異に由て獨力企業の金額を定むるも彼我固より一樣なる能はずと雖とも百萬圓なり十萬圓なり我國一私人の資力を以て能く其業を營み得るものは之を一個人又は三五人組合營業の範圍内に屬せしめ此範圍外に屬するもののみに合本會社法を適用せんには敢て事業の盛大を期す可らざるの恐はなかるべし又或人は何れの道よりしても之れが習慣を成し實益を知らしめんと謂ふと雖とも若し無理に之を邪徑に導き續續蹉跌せしむるときは大に前進の志氣を沮み遂に眞成の大會社を組成するに至るを妨ることある可し是れ豈に綢繆の策の今日に要用なる所以にあらずや

余輩は既に歐米諸州合本會社の本旨を掲け更に本邦に適合の如何を論したり依て進て方今本邦に於て既に其奬〓を現出したる景况を掲けんとす今其奬たる固より二三に止らずと雖とも其重要なるものは第一冗費多きなり第二贅議多きなり第三事を處する信實ならさる是れなり請ふ試に之を辨述せん             (未完)