「合本會社の用を審かにす可し(昨日の續)」
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時事新報に掲載された「合本會社の用を審かにす可し(昨日の續)」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
方今我邦に於て合本會社の仕組を濫用して隨て實際に現出したるの弊害を枚擧するに其重要なるもの左の如し
第一 冗費多し
凡そ一家一人の商業と會社結合の商業とは會社の費用少くして一家の費用多かるべきが如しと雖とも若し其會社大ならずして一家一人にても營業せらるべき程の事に從ふときは却て一家の費用少くして會社の費用多しと謂はざる可らざるなり例へば家賃役員及雇人の如きも均しく五万圓の資本を以て營業するに一家にては家主一人にて自宅に住居し自ら頭取となり取締となり支配人會計方書記方を兼務するの姿にて一二の雇人あるも細君の監督にて事足り別に多分の給料を拂ひ賞與を與ふるにも及はず而して其給料賞與は營業上の利潤全額即ち是なり此利潤は自巳之を受取らずして更に翌年の商品仕込の資本と爲すを以て漸次累積繁榮を致す可し之に反して會社の仕組にては其金額は五萬圓なりと雖とも苟も二三百人乃至五百人の株主あるときは必ず別に一宇の家屋を以て之れに充て其役員は頭取一人取締三四人支配人一人會計書記等を置き家賃は勿論相當に役員の給料をも拂はざる可らず一旦給料に向て之を拂ひ各自に分配するときは更に商業の資本とはならずして多くは他の方角に消散するものとす加ふるに一家にて營業するものは晝夜其宅に定住するを以て一家の用務を辨する傍らに營業するを得るも會社に至りては則ち然らず仮令眼前事務の繁忙ならざるも定例の時刻に定員の役人は出社せさる可らず而して徃徃空手坐睡するものなきにあらさるなり是れ冗費多きを致す所以なり先年神戸に共立商店の設あり十圓の株金三百人を募り米、炭、薪、紙、醤油等の賣買を始めたりしが三年を經て損耗を來し遂に維持す可らざるを以て之を解散し前の株金十圓は七圓七十錢を返戻することとなれり然るに尚ほ之を精査すれば物品賣買上に於ては毫も損失あらずと雖とも恰も家賃及雇人給料の額に對する丈け全くの損失とはなりたるなり彼の共立店の如きは會社と其〓を異するものなれとも其仕組粗大ならずして其割合に費用を■(にすい+「咸」)すること能はざるは則ち一なり此故に會社は必ず大ならざる可らざるなり
第二 贅〓多し
凡そ商工業の事を〓〓するに〓に投し〓に應して〓ならざる可らざるものあり或は大利を〓永に期して數年〓の小益を見ざることあり両者啻管理者が専權を有するにあらざれば之を行ふこと能はず然るに今其業を營むに多數の株主あるときは各其意見を持し發言の權ある上は自巳の〓手の事のみ陳述し多數の决議に依りて其方向を定め其權限を限らざる可らず此の如き會社にして實業を執る頭取支配人の如きは甚だ困難の事なりとす山陽道某銀行は多く士族より成立せしものにて公債証書を以て加入したるものなり然るに下半季の銀行利益配當は十二月中に行ふべきことに營業條規の改正を决議したり葢し公債の利子は十一月に受取るの習慣なるを以て若し他の銀行のごとく一月に分配するときは株主の不便たるを以てなり然れとも退て銀行の損益如何を顧れば十二月は一年中金融最も繁忙にして隨て其利益の最も多き時期なるにも■(てへん+「勾」)はらず分配金を運轉資本中より削取らざる可らず其不利たる言を俟たざるなり只衆議の决する所なるを如何せん又其事業は開業後三年乃至五年を經されば利益あらさるものなるも一二年にして利益あらざるときは議論百出し此議論を鎭靜せんが爲に急に無理なる配當をなす等會社全體永遠の利益のためには其害之より大なるはなし或は活動運轉の最速なる業務にして衆議を要せざる可らずとする時は機を失し損を招くの恐あり是等は株主多數の弊害にして殊に貧愚の人より成立したる會社は最も困難を極むるものとす是れ今日本邦一般の景况にして之を一國の政治に譬ふれば人文未た開けさる國に於て普通撰擧の法により多數の代議士を出して國政を議するものと一般なり其政治の方向定まらずして而も一國の安寧幸福を得さるは免れ難きの數なりとす近日も某地に一大銀行あり創立以來尚未た數年ならずして其役員取締役等の新陳更迭甚た繁くして頭取の如きは一年にして退身を促され半年にして辭職し樣樣の處より樣樣の議論を生して殆と停止する所を知らず我輩は戯に此銀行を目して「メキシコ」政府の評を下たしたり大統領の進退浮萍に等しければなり右の次第なるを以て都て活動を要するの事業には會社の株主决して多數なる可らず又仮令ひ多數ならざるも一種權力が別源より一種の議論を提出す可らず其組纖は如何樣にても權力の源を一にして恰も一手に之を握ること最も緊要なりとす
第三 事を處する信實ならず
總て一個人私の利害に關することと一國全体公の利害に關することとは其感情自から深淺〓薄の別あり會社に至りても亦斯の如く各自の資金を集めて其利害の一身に關するは决して輕重なしと雖とも其〓區別を存するは人情に於て免れ難き所なりされば頭取其〓の役員が會社の事を處する恰も一家の主人が一家の經濟を辨するが如く親切〓〓なりや或は未だ然らざるものあるが如し是れ其會社の利益は一家の商業に及はざること多き所以なり又株主に於ても僅僅十圓乃至五十圓の金額を投したる者なれば固より其利害の切なるを感せず甚しきは自身の會社を他人〓して全く意に介せざるなる或は十圓乃至五十圓を以て一個の利益を是れ謀り全社の損耗を顧みざるものあり二者共に信實なりと謂ふ可らず尚ほ甚たしきに至りては會社と同樣の業を家中に營むものありて諸方の注文に利益の多きものは自家に之を引受け利益の少きものは會社に持出す等の奇談も現に之ありたるを聞く斯る有樣にして會社の隆盛を望むも豈に得可けんや
以上の情况に由りて之を考ふれば仕組の小なる會社にして一家の商業と輸■(「亡」+「口」+「月」+「貝」+「凡」)を爭ふも迚も勝を制す可き樣なく隨て利益の多からざる勿論なり故に余輩の考業にては本邦の會社も前に掲けたる合本會社三項の性質て〓み其事業の果して此性質の範囲内に属するものなるや否を「■(てへん+「檢」の右側)」し仮令此範囲内のものと雖とも其資本金額の多からず一個人の資力を以て應すべきものは合本會社法に依らさるを以て得策とす現に今日の國立銀行には資本金額五萬圓なるものあり是等は其當を得たるものと云ふ可らず然して本邦會社の進歩は鉄道電信造船等今日政府の手裡に運動するものを擧け人民の掌に運轉するに至て初めて會社の會社たる眞面目を有するに至るべし區區小賣商業の會社は余輩の取る所にあらざるなり (畢)