「外國貿易見るに忍ひさるの慘状を呈す(昨日の續)」

last updated: 2019-09-08

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時事新報に掲載された「外國貿易見るに忍ひさるの慘状を呈す(昨日の續)」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

十四年度は生糸の下落と銀貨の下落とを以て荷主問屋の失敗を致し恰も全國の生糸商人を一掃して其禍を産糸地方の地主職工に及ほし全國一般不景氣の一大原因を釀したるものなれとも退く者あれば進む者あるも亦自然の數にして爰に又十五年度の新荷主を出現したり其種族は如何なる者ぞと尋るに前年の敗軍に手疵を蒙ること淺くして尚餘産ある者と數年前に生糸商賣の實地に臨み爾後久しく中絶したる者と全く新に事を企る有志者と此三種なり新荷主の心算に謂へらく前年の失敗當局者の爲には氣の毒なれとも本年は前車の覆りたるに懲りて世間一樣に生糸は廉價ならん、製糸者の氣も自から其鋒を挫て之に與すること易し、横濱の方は不幸の幸、先人の失敗を殷鑑として自から戒むるときは大なる憂を生することもなかる可し、前年他人の敗軍を盛り返して本年其反對の利を占る者は吾吾ならんとて■(「匈」+「月」)中勝算の〓〓既に成りて乃ち徐々に謀を運らし漸く資金を用意して年の八月の頃より仕入れに着手するに當て忽ち朝鮮の變報を得たり我日本國中の〓〓恰も沸くが如くにして必ず戰爭に及ふことならんとは普通の見〓〓して必戰の影響〓〓〓に及ほすも亦當然の人氣、これが爲に銀貨は一時に騰貴して一圓七十五六錢にまで達しければ生糸商人固より朝鮮の事變に關係なしと雖とも其身鬼神に非されば眼前銀貨の騰貴を見て其眼を奪はれざるを得ず心身共に七十錢以上の相塲中に恍惚として八九月の際に品物を仕入れ當年の暮に至ればうんぬん來年の春に至れば云云とて金を手離して生糸に跨り意氣揚揚として仕入れの事も將さに終らんとする十月に至れば何ぞ料らん朝鮮の事變は平穩に局を結で天下太平、横濱の株式取引所に於ても銀貨の沸騰は恰も冷水を灌かれて死したる者の如く八十錢に近き相塲は平和の一報を以六十錢に下り次第次第に下落して本年一月に至ては近來未曾有一圓二十八錢の聲を聞くの反對症を發したり新荷主の〓算困難言はずして明白なり其困難は十四年度の商人に比して異同あるなし即ち今年今月生糸商人が正に苦痛最中の有樣なりと云ふ

右所記の次第にて日本の生糸に關係したる商人等は十四年度の災難を以て之を一掃し尚十五年に出現したる者ありしかとも是亦前年同樣の始末にて失敗を取り此失敗は正に前年の遺漏を拾ひしものにして今日は全國の生糸商に孑遺なしと云ふも過言に非ざる可し畢竟其本を尋れば政府の財政困難にして不換紙幣を發行し其價格の不時に上下するが爲に商人等は商賣の利不利を豫算するに當て唯其名と數とを計るのみにして利の實を期するを得ず之を譬へば「ゴム」製の尺度を以て物の長短を計るが如く寒暑鍼中に水銀の昇降するが如くにして物の實形實量は依然たるも「ゴム」の伸縮、温度の増■(にすい+「咸」)に從て隨時に實物の變化を報し以て意外の災難を招きたるものなり若しも此二ケ年に於て紙幣の昂低さへなくば商人は至當の利潤を得て多少に其資産を増し又本年も重ねて次第に進歩す可き筈なるに一年に之を一掃して次年又其殘喘をも窒塞せしめたり商賣何に由て振はん、工業何に由て起らん、當局本人の不幸のみならず日本殖産の大災難と云ふ可し、商人に罪なし通貨に商賣を托したる是れ其罪なりと雖とも苟も商業を經營して通貨を用るなからんとするも是れ亦難し實に言語絶へたる不便利なりと雖とも今更紙幣の事に就て俄に改正の良方便もある可らず若し又急劇に其策を施さんとしたらば却て災害を増すの意味もある可ければ何れにも紙幣の始末は今より約束して漸次に之を交換し幾年の後に全く事を終る等の策もあらんと信す是れは他日の論として爰に又空想乍ら右二箇年引續て生糸商の失敗を防くの〓を案するに此不便利なる最中にも日商人の中に眞實富豪なる者ありたらんには彼等の困難も此度には至らざる可しと〓す〓〓〓〓日本全國に生糸の産出凡そ七万個にして之を内國用に供するものと外國に輸出するものと等分にする歟若くば十五年度の如くなれば輸出の方多くして四万個なる可しと云ふを以て其四万個を代價に概算し一個を仮に四百五十圓とするも一千八百万圓に過きず我商人社會に五百万圓より一千万圓以上の資産を有し略内外の事情も解して商賣に活溌なるもの四五名もあらば各其資金の一部分を出して一千八百万圓の生糸を引受け海外商况の機に投し又其機を待ち自由に進み自由に退き悠悠持重して他を制すること决して難きに非ず若しも然るを得ば一昨年昨年度の禍も幾分か其れが爲に弛みたることならんと無中に無を想像し只管富豪者の起るを希望して止まず此一段に至れば貧富不平均の如きは之を憂るに遑あらざるなり外國貿易は太平の時節晝夜を捨てざるの戰爭なり苟も此戰爭に勝つ者にさへあれば内國に影響する百の不都合は之を犧牲に供して此商將軍の功名を助成せざるを得ず兵馬の戰爭に拔群の勇將を得たらば如何、是れは國民中に勇怯不平均、強〓其中を失ふとて之を棄てて用ひざる歟、三歳の童子も其非を知る然ば則ち兵馬將軍も商賣將軍も共に是れ國家の干城なれば我輩は貿易の爲に將軍の出るるを待つものなり      (畢)