「石油の試驗小事に非ず(昨日の續)」
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時事新報に掲載された「石油の試驗小事に非ず(昨日の續)」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
今回第六號の布告を以て改定したる眼目の點は我輩の見る所にて最前の規則に燃燒試驗法を用いて其燃點華氏の百十五度なりしものを改めて閉塞發焔試驗法を用い華氏の八十六度に定めたるに在るものの如し故に今この改定に由て前後規則の實際に如何なる差違を生するやを知るは甚た大切なることなれとも試驗法の大概を解するに非されば差違も亦知る可らず抑も方今石油を試驗するに三〓の法あり曰く燃燒試驗法曰く開口發焔試驗法曰く閉塞發焔試驗法是れなり何れも皆石油の温度何れの點に昇て火を引くと引かざるとを■(てへん+「檢」の右側)し以て其危安の性質を鑒定するものにして燃燒試驗法は石油を金屬の器に盛りて之を水槽に入れ槽の下より火を與へて次第に其温度を昇らしむること日常酒を徳利に満たして湯煎にすると同樣の仕掛にして器中の石油には初より驗温鍼を插入れ其温度の次第に昇るを窺ふて幾回も之に火を點し例へば華氏の驗温鍼百十五度に達して始めて火を引き燃燒するものは之を百十五度の石油と名く或は百十五度にても尚無事にして漸く百二十度に至て燃るものは之を百二十度の石油と云ふ〓に百二十度のものは百十五度のものよりも危險少なきこと五度なりと知る可し
右の如く燃燒試驗法は直に火を以て油に〓するの法なれとも石油の危險なる由縁は獨り其油の燃るに在らず、恐る可きは油中に含有する可燃瓦斯の引火力にして此瓦斯は油の温度未た燃燒の點に達せざるの前早く既に揮發するが故に油に■(てへん+「勾」)はらず唯瓦斯のみ火を點して之を試るの法勿る可らず且燃燒法は隨時些少の事情に從て試驗の結果を呈すること一樣ならず西洋諸國にても近日は政府に此法を採用するもの少なしと云ふ故に爰に揮發瓦斯に火を點するの法あり即ち開口發焔試驗法是れなり此法の仕掛も大抵燃燒法に異ならず石油を湯煎にして瓦斯を揮發せしめ屏風など引廻はして空氣の動搖を防き火を直に油に〓することなくして少しく其上邊に點火し瓦斯の力よく此火を引くときは些少の焔を發して瞬間に斷絶す其状恰も細電光の閃くが如し故に之を「フラッシング」と云ふ盖し閃の義なり此法は燃燒法に比すれば稍や巧にして瓦斯の引火力をば驗す可きに似たれとも尚未た完全ならず如何となれば緻密の試驗中僅に試驗者の呼吸鼻息を以て空氣の動搖を起すときは以て其結果を誤る等の憂あればなり
人事に要する所あれば學術の工風以て其欠典を補ふ可らざるものなし一千八百七十五年英國の學士「エーベル」氏同國内務卿の囑托を受け樣樣工夫を運らして遂に一種の器械を製作したり即ち閉塞試驗法の〓〓にして千八百七十九年同政府に採用したるものなり其大体の主義は開口試驗器に似たれとも石油を盛りたる器を直に湯に入れずして空槽即ち空氣槽中に懸け其氣槽を水槽に入れて水槽の外に又氣槽あり水と空氣と三重の槽にして其下より極めて徐徐に火を與え中心に懸りたる石油の器は蓋を以て之を閉塞し其蓋の中程に方孔を穿て恰も無双窓の仕掛を以て開閉を自在ならしめ器中漸く可燃瓦斯の發生するを窺ひ無双窓を引て方孔を開けば瓦斯は此孔より遁れんとする其〓時に兼て蓋の上に點したる燈火は其首を垂れて孔の邊に傾き瓦斯に逢ふて火を移すの仕掛を以て其燃不燃を試む可し其燃るものは則ち瞬間の閃光にして開口試驗に於けるものに異ならず以上所記の如く閉塞法は一切器械の裝置にして直に人の手を用いざるが故に空氣の動搖も憂るに足らす點火の程度も誤ることなくして其試驗の精密なること他の二法に比して同日の論に非す盖し今日に於ては之を稱して世界最上の良法なりと認めさるを得ず千八百七十九年英國政府に於ても從前の開口法を廢して「エーベル」氏の新器械を採用し爾後獨逸政府に於ても之に傚ひ其他各國學士の評論又其政府の〓に於ても此閉塞器械を稱賛せさる者なしと云ふ
以上三樣の法を以て試驗したるものは内國外國共に幾多の實例あり其結果を見るに燃燒點と開口發焔點との差異は凡そ華氏の二十度にして開口發焔點と閉塞發焔點との差異は同二十七度なり即同性質の石油を取て之を試るに例へは燃燒法にて華氏の百十五度に引火するものは開口法にては九十五度に發焔し閉塞法にては六十八度に發焔するの平均數を得るを常とす左れば明治十四年第四十號石油取締規則第一條に華氏驗温〓百二十度とあるものを同年第五十號の改定規則に「ボウニンンテスト」百十五度と爲したる其百十五度は正に閉塞發焔點の六十八度に相當するものなれば之を實際に施して石油點燈の危險を豫防するに足らざるや明かなり然るに今幸にして日新學術の功徳に由り未た其規則を實施せさるに當て早く既に危險を前知し本年更に規則を改めたるは人民の慶福にして我輩は只管我學問の進歩に向て禮謝するものなり
(以下次號)