「天下太平如何して得べきや 第二」
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時事新報に掲載された「天下太平如何して得べきや 第二」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
政治の利害は間接或は直接に一國の人民に影響するものなれば人民は政治の思想を具へて其失得を辨知せざるべからず之を知り之を辨し熱心以て之に注意するは固より可なりと雖とも其熱心に乘して所謂政を評するの地位を脱し〓率を政に當るの人とならんと欲せば國中無數の小政事家を生すべしこの小政事家は大政事家の〓〓に附し敢て其技倆を試むるの意ならんと雖とも之を試むるの地に限りあり無限の政事家にして有限の地位を爭ふは帳外の聚蚊帳中の睡客を窺ふが如く其紛爭の喧しき殆んと嫌厭に堪へざるなり近日世間の風潮を觀るに有爲の士と稱するものは政治に熱中して其他を顧みるに遑あらず商工の業に從事して富源を〓き産物を殖し素封の富を致して王侯を蟻視せんとする者あるを聞かず學問社會に割據して古人未發の理を究めて之を人事の實際に施し畢生の心血を著述に注きて一代の文風を振ひ東洋學問の獨立を企つるものあるを聞かず唯た其政壇雲の志之を禁して禁ずる〓はず尖吻戟手徒に政治を談して雲雨の來るを俟つものの如し然りと雖とも現時我邦の多事は振古未た有ふざる所にして有志の士驥足を伸ふるの地は獨り政治社會のみならず政治の熱心を移して之を其他の事業に用ひなば小にして一身を起し大にして國益を興すに足るべし况んや識者の局外に在るは當路者流の戒愼を促すの利あるに於てをや元來我邦は政事家に乏しからず四十餘万の士族は兵卒にして政事家を兼ね士官を以て無上の光榮となせしものなれば其政治に熱心なるは言を俟たず近來に至ては平民より起り政事家を以て自ら任する者もあり政治上の遺恨を以て刃傷に及ふものあり政治の熱心この比例に増進するときは其熱漸く極度に達して小事の行違ひより軋轢を生し睚皆の怨將に不測の變を激することあらんとす我輩一念此に至れば窃かに長太息に堪へざるなり
政治の熱心増進して國の治安の害するの惡兆あらばこの惡兆を避くるの方を講ぜざる可らず而して其之を避くるの方は如何して則ち可ならん我輩は人爵授與の其宜を侍るにありと信するなり徃古は措て論せず舊幕時代に在りては大名武士重權を擁し政治社會は榮譽の淵叢となり農工商の如きは之を蛆虫視して但に齒〓ることを愧ぢたれば有爲の人物は爭ふて仕途に就き政治社會は天下の羨望する所となり利器を抱てこの社會の外に獨醒するものは千万中に一二を得るも難きことなりき今日に至りては世局一變して復た舊幕時代の觀なしと雖とも位階勳章凡そ世俗の榮譽と稱するものは依然として政治社會に集まれり其天下の羨望する所となるも亦た偶然にあらざるなり理論上より云へば名位名爵の如き誠に小兒の戲にして齒牙に掛くるに足らす錦玉衣食笑て世事を談するの紳士、炒豆を咬て英雄を罵るの學者に在ては其中に恃む所あるが故に人爵の榮を以て榮とせすと雖とも此等の紳士學者は天下多く其人に〓はざるを如何せん人心軟弱にして虚榮を慕ふこと今日の如くなるときは人爵の用も亦た自から大にして其榮を以て〓とする者は却て世に〓られざるのい意味なきを得ず藩〓の流を汲むものが〓〓〓〓〓して異〓なりとするも畢竟其主義寂滅にして人爵を視ること土芥の如きを以てなり宋人の上〓に天下の人をして得失を一にし榮〓を均ふする彼の莊周の如くならしめなは名爵〓位其用〓爲さす陛下誰と共に天下を治めんやとあるは人爵の〓大にして之を賭すれは以て世人を〓使するを得るの〓〓なり世人の爵位を羨望すること如此し然るにこの爵位を以て政治社會に〓むとあれは人人爭ふて政事家となる〓〓〓〓れなきにあらずや元來爵位なるものは政治社會に限る可きものにあらず日本國中の人物を通觀し其人〓〓家〓〓に相應して之を授與し學問政治〓商技藝の社會を論〓〓日本全面を通して厚薄あるべからず政治社會〓〓〓〓〓著はし其功利一時に被るものは固より抜群の人物なれば位階を以て其抜群を表するは可なりと雖とも學者〓〓〓にして苦心經營〓益て増殖するものも亦た抜群の人物なれば同じく位階を以て之を表せさるへらかず政事家の功は顯赫にして人目を眩し易く、學者農工商の働は〓くして且つ遠く隨て世に著れずと雖とも其所長に從て或は學問に執心し或は政治農工商に從事し共に人事を分任するものなれは其分任する事業に因て彼此の區別を立つべからず政治社會に抜群なるものは位階を以て之を表し學者農工商の社會に於ては獨り然らざるの理あらんや
人爵の授與は日本全面を通して厚薄なしとすれば政治社會と學問社會とを論せず其榮譽を表するの方便を得て政治に從事するも學問を研究するも又農工商を業とするも其事業こそ異なれとも彼れの得る所は我も亦た之を得べし人物の輕重に至ては毫も異なる所なければ是れまでは人爵を得るの地は唯た政治社會とのみ思ひしに學者農工商孰れの社會にてもこれを得べしとの理由明白となり身を起すは必ずしも政治社會のみに限らずとて爵位のために枉て政事家となるの徒を■(にすい+「咸」)すべきなり「アルフユース、トツド」氏の言に先づ我輩の心を獲たるものあり曰く今日英國の議院にて〓取するの大利益に加ふるに社會最上の爵位を以てせん歟政事家の増加實に計る可らずして其熱心も亦た大に増進し政治社會の競爭益激烈にして不測の大〓を釀すに至らんと、英國の王室は無〓無黨にして全國を照臨し其侍臣の爵位は甚た貴く政府の宰相も政黨の首領も爵位を以て論すれば遙かの末席に列せざる可らず是を以て名位名爵を有するものは大抵政治競爭の境外に〓立し爲めに政治の熱心を殺き國の治安を妨くることなからしむ又其下院議員の爵位を低うし之に〓〓を與へざるが如きは政事家の増加を防き政治社會と其〓の社會と平〓を保たしむる所以にして老成の考案絶妙と謂べし〓〓に於ても亦た英國の〓を〓〓とし人爵を以て〓〓〓〓〓〓〓〓とするか〓〓〓ば〓〓〓り〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓數を■(にすい+「咸」)し之と同時に學者農工商の社會に入籍するの人を増し政治上の競爭をして治安を害するに至らしめざるのみならず國内の生産を勵まして富貴を致すの道〓開くに庶〓からんと信す然りと雖とも我輩の本〓は政治を無用視するにあらず政治の大切なるは學問農工商の大切なるに異ならず國民全体政治に熱心せざる可らず政治の思想なかる可らず政治に熱心せざる者は共に國を守るに足らず政治の思想なきものは〓〓三代の〓民なり政治の注意は其大切如此しと〓〓其〓〓は〓常一般に止まりて必ずしも一家專門なるを要せず政治を以て專門とするものは則ち政事家にして我輩の謂所政に當るの徒なり政に當るものは政權の一部を握り身躬ら政事を行はんとするものなれば其熱心は政を評する者の比にあらず國民たる〓〓は政治の思想を具へて其〓得を評すること甚だ大〓な〓〓去迚〓皆政事家たるべきに非ざるなり世人〓〓この事實を知らず漫に政治を語るを喜び又其名〓〓垂涎し相率て政壇に上らんとするが如きは蓋し社會の人事分任の〓に戻る者と云ふ可し其政壇に上〓〓〓たる間は尚可なりと雖とも政事家の供給甚だ多き其際には左支右吾、失望相繼ぎ車〓馬足の間に零落せんとして遂には騎虎の勢、意氣地となり如何なる紛擾を惹起す可きやも知る可らず人爵授與其■(わかんむり+「且」)を得て立身の地をゥ般の社會に廣むることもあらば或はこの紛擾を未發に防ぐの一助ともならん乎