「永遠無窮人後に瞠若たらんとするか」
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時事新報に掲載された「永遠無窮人後に瞠若たらんとするか」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
永遠無窮人後に瞠若たらんとするか
新任の朝鮮駐剳米國全權公使「フート」氏は桑港より郵船「シナ、オフ、ペキン」號に搭して去る十九日橫濱に來着あり氏は去年同國水師提督「シユフエルド」氏が支那政府の紹介殊に北洋通商大臣李鴻章の周旋に依て朝鮮政府と締結したる米韓新條約の批准書を携帶し來りたるよしにて早便漢城に到り米韓両國王大統領の批准を交換し自今大に彼此交際を親密近接ならしむることに盡力せんとするなり
先年米國前大統領「グランド」氏が世界周遊の途次支那日本に立寄り貴顯縉紳とも交際して十分に國情地勢を視察する所あり米國に歸着の後は東洋に對すル政略に關して氏が意見を披露し東洋諸國の後來大に望みて屬するに足る事と此等諸國の盟主となりて太平洋の東西岸に威光を燿かすべきものは米國を舍て他にあることなし歐洲諸國銳意東洋政略を講して海に陸に睥睨順眄すること爰に多年なりと雖とも憾むらくば水陸道遠く米國の一飛して東洋の中心に到り得るの便なし米國にして今より東洋政略に從事し從前の閉戶主義に固着することあるなくんば米國の未來實に知る可らざるべしとの事を以て大に其の國人に〓告したるより全國の興論は靡然として東洋攻略を輕忽視せざるの傾向を呈したり當時「グランド」氏の書記として同伴來航したる紐育の一新聞記者は此周遊中に大に東洋に關するの知見を增し殊に北京東京日支両政府の當路者に親接し其内情をも詳にしたるを以て東洋駐在の米國外交官たる者は此壯年の新聞記者に優る者なしとのことを「グランド」氏は自家の東洋政略論披露と共に内々同國政府に勸告したりとのことは其頃内外の噂に隱れなかりしが昨年に至り果して此壯年記者は外交官の印綬を帶びて我東洋に來着したり其人は誰ぞや今の北京駐剳米國全權公使「ロツスル、ヨング」氏即是なり又米國政府は太平洋を橫斷して海底電線を架設し東洋との通信を便にせんとの企あり米國隨一の電信工業家と呼ばれたる「サイラス、フヒールド」氏は一昨年世界周遊の際我日本に立寄り此工事に關する日本政府の内意をも聞糺せしよしなるか不日成功の見込ありとの言を殘して歸國したりと云へり「フヒールド」氏の計畫に從へば此電線を架するには二路あり一は米國「ワシントン」郡の西北端より「アラスカ」「カムサツカ」兩半島を經て日本北海道に達し更に日本海を橫きりて朝鮮に至るもの一は桑港より布哇島に至り是より両線に分れて一線は西北して日本に至り一線は西南して澳太利亞に至り亞細亞澳太利亞兩洲を米國に連續するもの是れなり而して前路の方は費用少くして便少なく後路の方は費用多くして便多し然に據金募集等の都合もあり未だ線路の决定はなきやに聞けり又米國政府は今を距る三十年の昔水師提督「ペルリ」氏をして斷然意を决して我日本を開國せしめ永世無窮の光榮を博したるの例を襲ひ明治十三年の初に當りて提督「シユフエルド」氏をして國書を齎らして朝鮮に到らしめ日本政府の紹介に依て米韓両國貿易交通の好を結ばんことを望みたれとも不幸にして韓廷の拒絶する所となり米國政府の失望は勿論紹介者たる日本政府に至るまで大に其面目を失したりき「シユフエルド」提督は此一蹉跌を以て志を挫かず意を决して支那に至り李鴻章氏の周旋を得て再應其齎らす所の國書を朝鮮王に呈し本國政府希望の次第を通じたるに今回は何の議論もなく韓廷の承諾する所となり明治十五年五月仁川港に於て條約締結調印の上提督は使命を全ふし面目を内外に施して歸國したるが其批准は新任公使「フート」氏が携帶して今日正に赴任の途に在るなり
米國政府が近來意を東洋政畧に注くの深き前記一二條の事柄を聞見するも其大槪を推知すべし不日新公使「フート」氏が任に漢城に就くの上は銳意米韓両國の徃來親密を加るの事に從ひ仁川、釜山、元山、楊華鎭等に米國商人の移住を奬勵するは勿論米韓條約末欵の最優待國の條項に從ひ自國商人をして支那商人と同一の權利便益を享けしめ自由に内地通商に從事することを得せしむべく或は又運輸徃來の便を與へんがために昔日本太平洋飛脚船會社を保護して支那及び日本との便路を開きたるの例を襲ひ新に朝鮮への定期航路を開くべきや勿論なるべし此際に當り我日本商人の有樣を想像するに釜山、元山、仁川開港場數里の遊步規程内に籠居し船便なければ徃來も自由ならず空しく人後に瞠若として他の金儲けを傍觀し獨り愚痴を訴ることなるべし我輩は今より此有樣を豫想して凄然に堪えず左ればこそ毎度我時事新報紙上に於て朝鮮に關するの意見を吐露し當局者の注意を促したるなれ常に我時事新報を閱讀の諸君は下の關より對馬を經て釜山に至るの海底電線を架設し同時に朝鮮政府と〓〓して更に此線路を延長し漢城に達せしむるの必要を肯諾するなるべし既に必要の線路なりと决する以上は何ぞ大北電信會社に依賴して長崎より對馬を經て釜山に達する線路の落成を待つの要あらんや諸君は又馬關、釜山、仁川、芝罘、天津の間に定期郵船の徃復を開設するの必要を肯諾するなるべし既に之を必要なりとする以上は我政府をして毎年二三十万圓の保護金を出さしむるも吝むに足らざるべし我輩は今朝鮮駐剳米國新任公使の來着に當り内に我日本の朝鮮政畧に顧みて感慨に耐へざる所あり一言又當局者の注意を喚起する所以なり