「國財餘論」
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時事新報に掲載された「國財餘論」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
今の政治社會に於て、正面より直に人を逐はずして別に好地位を作り、自から其歸する所に歸せしめ、以て政
府爲政の餘地を裕にするの得策たるは、前節に之を開陳したり。畢竟彼の有志者なる者は、多少の才力を抱て無
事に苦しむの人物にして、恰も自身の才を以て自身を窘むるの地に陷りたる姿なればヽ唯これに授るに事を以て
すれば、其事は必ずしも政治に關せざるも、以て其心を和するに足る可し。譬へば力士の筋骨逞しき者を一室に
閉居せしめて運動を自由ならしめざるときは、筋力勃々として自から禁ずる能はず、唯願ふ所は其力を用るに在
るのみ。此時に當ては力士の本色に從て角力の戲を爲さしむるに及ばず、唯揚所廣き朧き處に出して重き物を授け、
獨り力量の働を逞ふせしむるも、以て滿足す可きが如し。力士は自から自身の力量に窘めらるゝものなれば、其
力を洩らす所さへあれば身體の平均を爲す可し。今の政治社會の有志者は精神の閑却に苦しむものなれば、必ず
しも之に政事を授るのみに限らず、政事にても文事にても又武事にても、唯其才力を用るの地位を得せしむれば
以て滿足す可きのみ。人の心の働と身の働とは常に同一樣の定則に從ふものなればなり。左れば此有志者に授る
に事を以てすると決して、其方法を如何す可きやと尋れば、之に答ること甚だ易し。政府が一度び大膽政略と決
するからには、民間に人物あれば、其人の履歴に拘はらず、其出身の何れよりするを聞かず、其朋友の何人たる
を問はず、其黨派の何れに屬するを咎めず、苟も政治の事務に適す可き者は之を政府の官吏と爲す可し。或は官
途の區域にも限りありて多くを容る可らざる歟、若しも然るときは、我輩の宿説に從て、大に文事を奬勵し學
術の領分中に容るゝこと甚だ易し。此一段に至れば我輩は學問の種類を問はず、西洋文明の學術は無論、我輩の
平生より好まざる皇學にても又漢學にても、其部類の人の力のあらん限りは勉強せしめて可なり。或は學者を保
*一行読めず*
護して文明の學術に畢生を委ねしめ、以て我日本の學問を世界中に對して獨立せしむること甚だ緊要なり。或は
皇學漢學者流をして和漢の故事を詮索せしめて、文明の材料に用るも亦甚だ緊要なり。或は日本の大辭書を編輯
するも甚だ要用にして、幾十百の學者を幾十年間も役せざる可らず。或は西洋の往古より今日に至るまで法律政
治の沿革を調べて一大著書を編纂するも頗る大事業なり。此種の事を計れば枚擧に遑あらず。何れも皆獨立國に
缺く可らざる事項にして、人物を要し又隨て資本を要することなれども、其資本は愛しむに足らざるのみならず、
其資本とて國の大計より見れば驚く可き巨額に非ず。如何となれば此考案に從て大に國財を費して大に人物を用
るとするも、其人員は全國中に幾千萬もある可らず。假に今の政府の官員を一倍するの覺悟を以て、在野有爲の
人物を用ゐたらば如何。今の政府にて官員に與る月給は一年四百萬圓の内外なる可し。之に一倍して他に四百萬
圓を費すも何事かある可きや。毫も恐るゝに足ざるの數なり。又右の如く多く官途に人を容れ、廣く學問を保護
するに兼て、同時に國中に事業を起し、鐵道の敷設、海陸の測量探索等、國民一個の資力に及ばざる事業は直に
政府の手に引受て之を決行し、或は事の梢や輕少にして今の文明に必要なるもの、例へば造船航海の如き、諸製
造又は開墾の如きは人民の私に任じ、一般の法を設けて之を保護するも可なり。之を要するに日本國中政治の外
にも文明の事に急なるもの甚だ多き時節なれば、苟も才力ある人物は之を使用して倦ましむることなきを旨とす
るのみ。人心倦まずして調和するときは、政治の一方に思を凝らすこともなし。政府の當局者は恰も此際に乘じ
て政事を行ふの餘地を得ること易し。蓋し爲政家の方略は此邊に在て存するものと知る可し。在昔清朝の康煕帝
が、大に中國の文學を奨勵して、多く學士を聘し、編輯の書も甚だ多くして、彼の康煕字典の如き支那開闢以來
の大辭書を作らしめたるが如き、又第一世「ナポレオン」帝が諸國の法學土を集めて佛蘭西の法律書を編纂せしめ
たるが如きも、當時支那に辭書の入用もありしことならん、佛蘭西にては舊法律の缺典もありしが故ならんと雖
ども、又一方には其學士輩を無事に窘めては政略上に煩の筋もあらんことを慮りて、其謀を爲したることと信ず。
卽ち此二帝の如きは、國財を費して百世の國益を起し、兼て一時爲政の餘地を買ふたるものにして、其財は實用
を爲して、人心は之が爲に靜なり。英雄の政略、妙なりと云ふ可し。中國の議論喧しと雖ども、康煕帝は愛親覺
羅氏の政權を維持せんが爲にとて官權の著書新聞紙を保護して中國論に抵抗したるを聞かず、佛蘭西共和黨の物
論、騒然たるも、「ナポレオン」帝は些少の錢を周旋して帝政黨を組織せしめ竊に其新聞演説を悅びたるの事跡を
見ず。蓋し二帝大膽の政略は、其闊きこと海の如く、其剛きこと鐵の如く、風聾鶴唳を聞くに忙はしくして爲政
の日月を空うするが如きは爲ざる所なり。 〔七月四日〕