「酒造家の情况」
このページについて
時事新報に掲載された「酒造家の情况」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
酒造家の情况
我輩は數日の紙上に於て國財を增加すべきの要を論じ其增加は專ら酒税に依賴するの最も
妙にして最も容易なる所以を述べたり猶其國税を増加するに付ては酒屋に於て不平を訴ふ
べきに非ずと雖とも唯酒屋の爲に謀て難澁す可きは官の筋より釀造?査の活?ならざると
穩造摘發の精密ならざるとの二箇絛なれば査官が能く酒造の順序と酒屋の情態に通曉して
其忠を除かざる可からざる所以をも痛論したりき然るに頃日兵庫縣下西宮の造酒家某が酒
造税則に就き改正を希望する意見なりとを傳聞したることあれば之を記して讀者の參考に
供せんと元來西宮は伊丹と並稱して天下の名?を出し營業最も舊く經驗最も多く釀造額も
亦最も大なる所にして一郡にして酒税二十三萬圓を出し又一軒にて三四万圓を納る者もあ
る程なれば同地方にて規則能く適應し苦情を免るゝを得ば其他は盲ふに足らざるのみ今其
意見の要旨を聞くに
我邦酒造の業は年を追て進?し其石數も年を追て增加する勢あるに際し近年?々酒税改正
規則の爲に稍減少する所なきにあらず是れ蓋し税額の倍?するが爲にあらず〓多くは?査
及納税の方法に就き營業上に困難を覺ゆるが爲なり其理如何となれば十二年度の如き全國
にて五百二万石の巨額に上り之を前數年に比〓非常の增加なるにも拘らず同年新酒賣出し
の時節に方りては些も古酒の殘額あることなし是れ全く供給の需用に過ぎたることあらざ
るに由るものならん、されば十三年度に至り少しく減ずることあるも税額增加して需用の減
じたるにあらず規則上の不便より酒屋の都合ありて一時減少したるものと謂はざるを得ず
則ち十四年度に至り前年より復稍增加するを見ても知るべきのみ依て酒屋一統は決して酒
税の增加するを好むにはあらざれとも政府能く酒屋の事情に通曉して實地適應の規則を施
行せられなば仮令税額を增加するあるも却て之を便利とするの底意なり其要旨は酒桶口引
寸法を改正すること(第一)?査を滓引後に施すこと(第二)及び酒税収納を延期すること
(第三)是れなり
(第一) 酒造?査に先ちて桶類の調査をなすは管理上要用のことなれば决して之を否む
にあらず故に營業者が桶類を新調するときは規則に從ひ届出て主任官は一定の丈量法に依
り詳密に調査を遂げ番號、口徑、胴徑、底徑、深さ、石數等を掲記し管廳の烙印をなす成規
なり但其口徑を量るに口頭より一寸下りたる箇所を基とし胴徑底徑は孰れも内側りを度り
其深さと圓率を乘じ升法を以て之を除き其容量を得ることとす然るに酒桶の大小其に口徑
一寸引として造酒の容量を算定するは實際に對して不公平あるを免れず元來酒桶は六石と
唱へ六石入のもの多しと雖とも各地方に於て隨分大小の差あるものにして一朝其習慣を改
むること能はず現に九州邊にて四五石の小なるものもある由なれとも攝津邊にては大概三
十石内外を以て普通とす斯々大小の差あるにも拘らず一般に一寸引とするときは營業者に
於ては幸不幸を感ずること少からず凡そ一個の規則を以て全國に施行するには一分一里の
不公不平なからしめんとするも到底行はる可からざることにして攝津の酒屋の敢て厘毛を
喋々するにあらざれとも從前規定の三寸引なるものは尤適應のことならんと云ふ抑造酒家
が桶口三寸許の餘地を遺し酒を入るゝものは地震等の際少しく動搖傾側することあるも目
張を施せし桶の蓋を破裂せざる爲の豫防を主とし且酒は液体中頗る容量に伸縮を生ずるも
のにして温暖の候には膨漲し寒冷の節には収縮すること「アルコール」製寒暖計の昇降する
と殆んと同一理なり又液類を噐に盛り其噐を振動するときは液の面の廣きに從て盪揚も亦
甚しきは噐械學の原則に違はず今試に茶椀と丼と盥と大小相異なる三つの噐に水を入れて
同じ臺の上に置き其臺を下より振動するときは盪揚の甚しきは盥にして最も無難なるは茶
椀なる可し左れば地震等の爲に酒の盪揚するも桶の大小に由て差違ある可き必然の理なれ
ば二三十石の大桶も五六石の小桶も其口引の寸を同樣にするは物理上にも穩當ならず又實
際に於ても大桶を用る酒屋にては必ず三寸引にこそするものなれば一寸を許されて三寸を
引く、其二寸丈けは空氣に向て税を拂ふの嘆を免かれず故に爰に改正を希望する所の大概を
云へば十石未滿の桶は或は一寸引と爲し其以上は二寸引其又以上二十石以外は三寸引と定
るが如く噐物の大小と口引の深淺と互に相當せしむるの一事なり(未完)