「造酒業を保護すへし」

last updated: 2019-09-08

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時事新報に掲載された「造酒業を保護すへし」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

造酒業を保護すへし

我輩は前號の社説に於て酒造家の情况を記し併て其税則中改正を望むの要旨をも掲けたり

是皆現行の規制に就て其要件を擧くるに過きす此より一歩を進め未た今日に擧行せざるの

ことにして法律上の保護を求むるの希望を表せんとす從來酒造の業は他の一般の業務の如

く樣式の設けありを妄りに之を營むて許さず亦其石數にさへ政府の制限を置きたる程なり

故に酒造家は徃專賣特許を奇貨として酒價を騰貴せしめ一己の私利を營み多數の酒客を窘

めたるの獎なきにあらざりき然れとも此等の制度あるが爲めに仲間の規約は尤も〓重にし

て互に〓〓さす〓道、携〓、密賣、脱税等の諸弊は一も之れあらず官には?査の甚た煩しき

を要せずして税金(據金又は冥加金と唱へしもの)徴収に困難を覺ゆることなく民には詐偽

の風行はれずして互に賣崩す等の迷惑もあらざりき右は各藩内又は一地方のみに限らず廣

く全國に通して行はれたることあり夫の攝州伊丹西ノ宮の如き酒造家は巨額の酒類を釀し

之を江戸又は他の地方に賣捌きたるに(徃時江戸中にて消費する酒類は殆んと全く同地方の

釀造に係りたる由なるが近年尾張の知多郡及ひ東京近傍にて釀造するもの漸次增加したる

を以て今は十分の六七を占むる位に下りたるならんと云ふ)甞て贋造模製を企てたる者なき

は何そや是其釀造の術著しく進歩し他人の企て及はざるに由ると雖とも亦暗に法律の保護

を受けたるに由ると謂はさるを得ず伊丹の酒造は京都近衛家の保護する所にして酒樽の外

包即ち莚の表面に於て劔菱又は白雪等の酒銘を顕はし其上(近衛)の二字を烙印するを法と

す此烙印は攝家の名義にして他人の摸擬す可らざるものとなり頼を以て他所の製品と區別

し之れが聲價を世に著はし永く他人の侵害を受けずして獨り其利を專らにするを得たりと

此の如く製造上の所有權を確定して利益を保庇するを得たるは之を簡單なる一烙印の功に

歸せざるを得ざるなり

然るに維新以後此等の舊制一旦廢止となり新規則の頒布あるも專ら徴税の事に係り一も營

業上の保護に關するものとてはあらざるなり是を以て未熟練又は薄資の者にて續々酒造營

業を始め隨て起り隨て仆れ其間自家の利益を得ざるは勿論舊來の同業者を害するもの頗る

大なりとす加之ならず酒銘の如きは妄りに時好を趁ふて之れを號げ又は精粗混合變製贖造

言ふ可からざるものあり夫の包莚の如きは各地各家の定標ありて今日の商標とも賴むべき

貴重のものなるに?らず濫りに自から之に摸造し現に東京にては時好に適する包莚を製造

し之を各酒造の土地に輸出し各地各樣の酒類は同一樣の裝をなし再ひ東京に輸入すること

ありと聞く此際に當り誰が最も利益を受け誰か最も損害を受くるかと云へば酒質最も精純

にして價最も貴きもの最も多く損失を受くることとす而して此等の酒造家は正直老練にし

て營業最も舊く經驗最も多く釀造最も大なるものとす是れ頗る憐む可きのことなり蓋し政

府の酒造家を待する豈に善良の人に薄くして奸邪の者に厚くするの意あらんやされば今日

に及んて舊幕時代の陋制に復するにはあらざれとも歐米諸洲に行はるゝ專賣免許商標絛例

の制に傚ひ適當なる法律を設けて善良を保護し奸邪を禁遇するは酒造家の希望する所にし

て又政府が擧行する正當なる處量ならんのみ

抑歐米諸洲にて發明者專賣の免許を設くるの主旨は發明者の權利を確定し其作業及努力の

報酬を得せしめ其當然享く可きの權利を侵害する他の犯人を罰する等にして造製家の志氣

を獎勵し該業の進歩を助くるの功少々ならず且其製品には一種の標證記號等を設けて之を

賣買するを以て諸國の奸詐を防遇し商業上の便益亦大なりと謂ふ可し但し發明者の權利は

决して無限に與ふ可きものにあらずして苟くも公衆の權利便益を妨くるに至ては亦之を制

限せざる可らざるは勿論なり故に若干の年期を定めて其發明より生する利益を發明社に專

有せしむるも其期限を過くれば其利益は亦一般人民の分有する所となる是れ古來我邦に行

はれたる樣式專賣の法と大に異なる所以なり今夫れ我邦酒類釀造に付ては發明者の如く若

干年間獨り其業を專らにせしめ又其利を私せしむるに及ばず只其製造したる上に付て商標

を一定し全く他の製造と區別して〓造摸製を防遏し之を犯す者あるときに方りて相當の懲

罰を與ふるを以て足れりとす之を彼の專賣免許に比すれば措置甚た簡單にして其功顯は决

して之れに讓らざることならん(未完)