「監獄署の出火」
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時事新報に掲載された「監獄署の出火」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
監獄署の出火
我國官廳の建築は甚た粗造なり宜しく今一層堅牢なる材料を以て一層美麗なる建物を造り
高楼大厦一目して大日本帝國の官舎たるに愧ぢざるが如くすべしとは我輩が常に唱ふる所
の持論にして其竣成の如き固より速急を要すべきにあらず或は目下財政不如意の折柄一時
官舎の建設に就て數百万の金額を支出するは到底行はるべからざることなりとの説もあれ
ば敢て速成を期するに及ばず所謂大器晩成の諺に從ひ先つ壯大なる規摸を作り年々歳々漸
次に此規摸に基て作事を起し遂に數十年を俟て完成を見るの覺悟にて今より取掛らんには
其政府の歳出に人民の?中に左まで著るしき影響を蒙らずして數十年の後ち如何さま日本
帝國の官衙なりと世人の輕侮を蒙ふざるが如き一大壯觀を呈するに至るべしとは又是れ我
輩が不斷口にする所の論なり殊に昨年冬以來官衙の續々祝融の災に掛り空しく烏有に歸し
て一朝其建物を烟消せしむるのみか緊要大切なる書類さへ燒失して或は施政に大不都合を
釀すの恐れあり是れと云ふも其重もなる源因は一般官廳の木造にして大に失火を助くるの
媒介たるに在るなりとせば我輩は益以て一日も速かに堅牢久しきに堪ゆるの建築に換へざ
るべからさるの要用を感したるを以て曾て我輩は官衙の出火と題し聊か當局者の注意を促
かし又諸君の公評を求めたることありき然るに爾來春過ぎ夏來り漸く暑氣に〓むき將に三
〓の〓に向はんとするの折柄なれば世〓一〓自から出火の事したるは勿論にして官舎の火
災に〓るの〓〓も〓た〓て〓く之を聞かざるに至りたれとも〓〓〓〓〓〓家の〓らず〓〓
〓にして〓に〓〓の〓〓の?したるに〓ず出火を〓くるの〓〓〓にして尚〓〓〓する上は
〓々多〓人々〓火を擁するの候に至れは世間の流行とともに官廳も亦た昨年の如く?々火
を失するの不詳に遭ふやも計り知るべからす之れか豫防の方法を講するこそ目下の急務な
るべきに世上にては尚此邊に就て毫も兎角の論議を下たすなく當局者に於ても亦左まで配
慮するの樣子なきは我輩の窃に遺憾に堪えざる所なり
扨又?に我輩をして一層官衙改造の要用を主張せしむるに至らしめたるは頃日各地監獄署
の續々出火すること之なり盖し昨年以來岡山に西京に近頃又廣島に其監獄署より火を發し
火勢の強き者は數棟一時に燃上りて囚徒の中或は生ながら焦熱地獄に堕落するあり或は此
騒擾に乘し逃亡して踪跡を暗まし近隣の民衆に押入り強盗強姦を働くものあり兎に角斯か
る出火の爲に其地方に一大慘?を呈すること昨年以來特に夥しきは我輩が新聞紙上に就て
知る所なり而して其源因を問へは重罪人の隱謀より強風の折を窺ひ窃かに其獄舎に火を放
ちて遂に事?に至ふしむるもの其多きに居るが如し去れば斯く獄舎の頻々火災に罹るも畢
竟其建築の宜しきを得ざるに依るものなりと云はざるを得ず或は地方に依ては監獄の建設
日尚淺く隨て獄則の未た周到ならざる獄丁の未た其事に慣れさるより自から囚徒を〓穩謀
を企しむるの源因をなし其獄舎に放火せしむるが如き珍事を惹き起すことあらんも知るべ
からずと雖とも若し其獄舎にして木材を用ひず一切放火に不便なる材料例へは石若くは煉
瓦の如きものを以て之を建築したらんにはさすがに大惡道の徒も亦た遂に其穩謀を逞しう
するを得ざるや明かなり或は一通り考ふれは囚徒とは皆な是れ社會の惡人法律の罪人にし
て吾人良民を害するの毒物なれば此毒物にして自から求めて焦熱地獄に堕落す所謂飛んて
火に入る夏の虫其身を失ふも誠に止むを得さることなりと思はるれとも火を放つ者は大概
に重罪人の今一度逃亡して尚ほ惡逆を逞せんと欲する者にして輕〓人の一朝悔悟して獄を
出れは一個の良民たるへき者却て猛火の爲に空しく獄裡に其命を失ふを如何せん誠に憐む
べきの次第にあらずや况んや大罪人とて敢て惨酷に之を取扱はず成るべく丁寧に之に接す
るこそ明治昭代文明の徴候とも云ふべきに於ておや獄舎を改造して放火の憂を除くの策を
講すること今日の急務と云はざるを得さるなり人或は曰く昨年太政官の布達を以て府縣監
獄署建築費は其地方税に負擔せしむることになりたり今や地方の民力を察するに一錢一厘
も其負擔を輕くせざるべからざるの折柄今一時に獄舎を改造すべし抔とは到底行ふべから
ざることなりと是れ擧〓一丈を吝んで言文を失ふを知らざるの〓見のみ如何となれば其〓
〓其の事に〓る一切の費用は到底其地人民の〓〓〓〓せざる〓〓らざる所なり去れば今獄
舎にして其建築の粗惡なるより〓〓之を改造せざるべからずとせば其都度人民は其費用を
負擔せざるを得ず均しく是れ負擔せさるを得す寧ろ堅牢壯大なる建築を起して容易に放火
せられざるものを造り人民の負擔を?ばせさることの遙かに〓れるに如かず若し又地方の
情况に期し年々歳々漸次に之に近寄るの方向を取らは則ち再なり我輩は唯目下監獄署の出
火するもの頗る多きを見て感慨に堪へす此文を草して讀者の注意を喚起するなり若し夫れ
改造に用ふへき材料?に建築法の如きに至りては當局者其人の其責に任するあり必すしも
我輩の言を俟たざるべし