「江越鉄道敷設に就ての問題」

last updated: 2019-09-08

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時事新報に掲載された「江越鉄道敷設に就ての問題」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

江越鉄道敷設に就ての問題

運輸交通の便未た開けず文明開進の噐具未た備らず商賣の隆盛、物産の繁殖其他百般の事物

改良進歩せざるは我輩の常に遺憾とする所なり是故に我輩が開明の議論の結局に於ては未

た甞て此點に論及せざるは有らざるなり就中鐵道の如きは速に全國中に敷設せざる可らさ

る所以も?々論辨したることあり然るに近來鉄道敷設に就て一個の問題出現したりし讀者

は我新報第三百六十號以下雜報欄内に於て時々掲載したる大坂商法會議所が同府觀業課に

報答したる事項如何を記憶せらるゝならん是即ち江越間鉄道敷設竣功の上同府下商業上に

對する利害如何の調査に係る者とす其中利益を擧けたるもの少からずと雖とも亦其害を受

くるの推測頗る多しとす是を以て大坂府に於ては再び同會議所に向ひ諮問書を發して云く

「曩に江越間鉄道布設に付大坂商業上に影響する利害及ひ諮問精細なる答議を得具さに之

を?案するに利害相半ばするに非ずして寧ろ不幸の影響を被るものゝ如し果して然らんに

は如何の方法を以て此繁榮を後來に維持すべき歟害の免るべきは之を免れ防ぐべきは之を

防き進て之を利用するの用意なかる可らず冀くは備さに其方向を究め委曲開申有之度候也」

と是に於て同會議所は更に二三回の臨時會議を開き反覆討論議定せし所ありと(此書は本日

より雜報欄内に續々記載すべし)斯くして此問題は意外にも重要切實の事となり遂に我輩を

して一篇の文を草せしむるに至れり

所謂江越間鉄道とは軸ち神戸港に發し大坂京都を經て江洲大津に達し(以上既成の線路)其

より?船琵琶湖上を渡り長濱より軌道を起し越前敦賀港に到る線路なり其間湖水と共に算

すれば殆んと六十里に亘り目下我國鉄路の最も長きものとす而して此線路は日本本島を南

北に横斷するものなれば鉄路の迅速を以て同一方向なる航路の線と相競ふのみならす迂回

の航路を捨てゝ〓徑の鉄路を開くものにして其便利謂ふ可からず從來此航路は北海北陸よ

り敦賀港に至り其より下の關海峽を廻り中國の内海を通過して大坂に入るを常とす即ち敦

賀より大坂迄海上三百餘里にして其航海は北前船にて三十日乃至五十日を費したり然るに

此鉄路一線聯絡するときは該港より大坂迄五十里許にして二三十時間を費さゝる位なれは

殆んと百分の一に?する勢なりとす此の如く便利の大なる程其變動も亦隨て急激なるは自

然の理にして夫の西洋諸國が東洋に航するに帆船を以て喜望峰を回航すると?船を以て蘇

西運河を走過するの差の如く實に江越鉄路の聯接は蘇西運河の開通と其情頗る相似たるも

のあり其貿易上の變動は萬々免る可からさるものなり殊に直接の關係を有するものは大坂

とす是れ同府下に於て切に其利害を考究する所以ならん

然りと雖とも我輩は常に鉄路の一寸〓尺も延長せざるを憾むものにして又商業上の變化の

甚大ならずして而も活?成らざるを憾むものなれば?々之れが利害を論するに遑あらざる

なり固より全國公共の利害と一部の地方個々の利益とに付ては自ら差異あるものにして大

坂府が大坂府の利害に汲々たるも亦全く道理なきにあらずと雖とも我輩は何の地方何の物

品に?らず交通運搬の便を得て其利あらざるなく活?變化の機を有して改進に赴かざるも

のはあらずと信ずるものなれば以上の事項を以て敢て一問題となすの要を見ざるなり若し

夫れ強て其利害を論せんとならば我輩は左の一語を以て之れに荅ふ可し

 江越鉄道の開設は大坂商人の愚眛遲鈍なる者に害ありて頴敏活?なる者に利あり

何となれば則ち鉄路敷設に付新に運路を開き商業上の順序一變するに及んては或物貨は製

産地より直に需用地に至り復た大坂商人の手を經ざる者もあらん、或地方は東京又は其他の

地方の需用を仰ぎしもの一旦大坂商線内に入る者もあらん、或は大坂にて或品の需用あるに

臨むも一二ケ月經ざれば隔地の供給を得ざるもの一夜の中に輻輳し來ることもあらん、又或

は當所供給の多きに苦み他所の欠乏に充たさんとするも時機を晩るゝの患ありしもの瞬間

之を充たすの便もあらん此時に方りて能く其變に應して之を利用すれば多々益辨し機を察

して其害を豫防すれば能く其災を避け轉して利となすを得べきなり只其利を取ると取らざ

ると其害を避くると避けざるとは人々方寸の中に在りて素より其業躰の如何物品の如何に

關せざることとす而して活?頴敏智慮あるもの獨り能く之を左右し得べく、愚眛遲鈍世情に

通せざる者常に損耗を被り陥穽に入り或は時機既に去て復た逐ふ可らず茫然として人後に

瞠若たるの奇談もあらん交通不自由の社會に蒸氣を利用するは劍術專一の世に火噐を發明

したるものに異らず火噐既に成りたり劍客の爲に舊時の利を保護せんとする固より得可ら

す強ひて保護せんとならば初より銃砲を作らさるの優れるに若かず我輩は斯る事に就き貴

重なる日月を費して思考談論するを好まさるなり加之この火器に等しき蒸氣の利用は專有

の主人あるものに非ず其利は則ち之を利する人の利なれば大坂の商人にても江越の農民に

ても唯進て其利を取る可きのみ誰れか之を妨る者あらんや然るを依然舊地歩に止りて他の

運動に驚くが如きは火器發明の後に尚ほ秘藏の實劍を弄はんと欲する者に異ならす我輩共

に語るを屑とせさるなり故に曰く江越鉄道の布設は大坂商人の愚眛遲鈍なる者に害ありて

頴敏活?なる者に利ありと