「外國巡察使を派遣するの方法」
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時事新報に掲載された「外國巡察使を派遣するの方法」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
外國巡察使を派遣するの方法
我輩は去る廿三日の紙上に外國巡察使を派遣するの要を論し我政府に向て勸告する所ありしが爾來時事新報閲讀の諸君中よりは態々書を我輩に寄せて大に此説に同意の旨を申越さるゝもあるよりして察するときは此外國巡察使派遣論は或は既に東京政治社會の一問題たりしか又は此後に問題たるべき豫期なきにしもあらずと信するが故に我輩は此問題に關して今一歩を進め其大体上の利害より移りて更に其局部の處分法に考察を留め實施上差支の有無を探ること甚た肝要なりと思ふなり
凡そ事に當て其大体上の利害如何を決するは第一の緊要事にして又甚た爲し易すからざる事なるは勿論なりと雖どもこれと共に其局部細條の利害を求むるも亦甚た大切なる事とす盖し大体上に於て極めて美なる事も彌々實施の塲合に臨みて一二局部の小利害のため遂に全塵に歸すること甚た多きがために普通の人事は大体上に差支の有無より寧ろ局部細條に差支の有無を以て其成敗を決するの意味なきにあらず故に局部細條の研究はこれを大体上の研究に比して決して輕量〓〓の區別なしと云て不可なかるべし今外國巡察使を派遣する事仮令大体上に於ては甚た善しとするも更に一歩進めて其局部細條の利害を探るに至りて事相忽ちに一變し人をして〓も企つべからざる困難事なりと疑はしむることなしとも云ふ可らず譬へば東京より富士筑波の山岳を望み扇を倒さにしたるが如く美人の眉の如く其柔婉なる容貌を見てこれに近づくべし登るべしと爲し漸く〓〓て距離の短縮するに從ひ山容〓く〓〓〓來りて〓して〓た〓〓の扇ならず眉ならず〓〓は〓石〓々たる〓〓〓〓の〓〓〓〓なるを見て〓〓〓に〓り上らんこと〓〓すかの〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓のこと〓たるべし人事と遠山とは漸く其實物に近づくに從て漸く其險難を見出すものと云ふべきなり
今外國巡察使を派遣するには何樣の人物を撰ぶやと問はんに我輩は大臣參議以下諸省院の勅任官の面々を以てこれに答ふべし然るに官あれば職あり政府の官吏中一人として當務の職任なきはなし參事院元老院の如き多數の同僚ある塲所なれば或は無理ながらも何とか事務を繰合せて一二名の人を融通し得べしとするも參議等の地位に至りては一日片時も其職を〓くすべからざる繁劇重要のものたるが故に外國行などゝは實に思ひも寄らざることなりと難詰する者もあるべし我輩とて政府の官吏に冗員なきを知るが故に現在の吏員中にて是非繰合せよと云ふにはあらず若し事多くして人少なくば新たに人を作るの法もあるべし例へば現任參議中にて三名は巡察使の任に當りて洋行するとせんか新たに三名の參議を補任すれば可ならんのみ曩きの三名歸朝したるときは又次きの三名途に上り輪轉交代結局十四名の參議にて現在十一名の參議が任したる内國事務に當るの姿と爲すことを得べし此例を以て推せば諸省院の事務に事多くして人少なきの憂はなかるべきか人又曰はん農業の法に同一地に永く同一物を播殖することを忌み數種の植物を循環輪轉して培養することあり例へば今年の茄子畠には來年は大根を作り其又來年は芋を栽るが如しこれを植物の輪轉法と唱へ収穫の多きを加ふるに最も妙なりと云へり然るに今官職は植物に異なり人去り人來り時々輪轉交代する〓如きは其局に當る人の熟練を養成するの暇なく施政上の不利甚だ大なるを如何せんんと然れどもこは當局の上官と属官とを同一視したる考にして大に其正鵠を誤りたるものなり上官の命令に奔走する筆刀の吏員は固より専門の熟練を要することなりと雖ども事務の大局に當る人は決して然らず其綱領に明かにして専ら知識の廣遠なるを要す則ち時に或は外國日新の情况を観察して政務の大体に關し大に會得する所あるを要するなり植物輪轉の利或は以て政務官が洋行より生ずる所の利益の一部に譬ることを得べきか人又曰はん仮令大臣參議以下外國を巡察するに差支なしとするも爲めに生する所の臨時の費用は何を以て辨せんとするかと我輩これに答へて曰く費〓は人員の多少に準すべきが故に先つ洋行人の數を定むべしとして何程の人を派出するやと云はんに仮りに十五名以て足れりとすべし一人に付一年一万圓を要すとすれば合計十五万圓なり或は妻子從者の手當もありとして寛裕なる計算を爲し一人二万圓を要すとするも十五人の巡察使にて一年三十万圓の費用なり我輩は大蔵省の帳簿を〓〓せざるがゆえに何々の〓を以て此支度に〓すべしな〓仔細の〓を〓〓ずと雖ども大体上今の日本政府の歳入出に於て毎年二三十万圓の金を得ることは甚た容易なるべし我輩若しこれを大〓〓に質するの自由を有せんには「三十万圓を得ること易し」との返答を得んは必定なりと信ずるなり
我輩は遠く外國巡察使の柔容を望みて其美を想ひたり今又近く其容光に〓して山嶺に登ることの容易なるを証したり知らず當局の諸子はこれに攀るの決心あるか將く其峻々たる見てて逡巡せんとする歟