「同氣相制す可し」

last updated: 2019-09-08

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時事新報に掲載された「同氣相制す可し」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

同氣相制す可し

事甚だ通俗の談に渉れども昔し封建の時代に在て少壮血氣の武士が巳れの腕前を恃み折りもあれば乱暴を働き世上の人までを騒がすことあり或人之を憂へ世上の靜謐を計るには彼の血氣の武士を風雅の道に導き文徳の力にて其武威を鎮むるに愈る者ある可らずと爰に其心算を定めて〓て方法を設けて武士に茶道の稽古をなさしめ或は諸禮を學ばせて其粗暴の擧動を禮節雅致の一方に誘ふを勉めたりとせんに此人の心算は果して其圖に違ふことなく能く血氣者の乱暴を鎮むるを得たりし歟如何ん、我輩は寧ろ其結果案外なる反對に出でゝ血氣の少壮益々激昂し茶道なり諸禮なり争で吾が丈夫の心を慰むるに足るべき剰へ吾は腕前の劒法に由て世を橫行せんとするに些末の無用物を以て吾れを遮ぎらんとす實に不屈の至りなりと愈々逆上して乱暴に乱暴を重子亦た制する能はざるに至るを知るなり是れ血氣なる武士の乱暴を鎮むるに老練の名策なりとなす可らず然らば之を如何するやと問はんに我輩これに答ふるに甚だ簡易の一策あり元來巳れの腕前を恃で人に誇る如きは未だ其藝に精しからざるの咎なれば是上は唯だ武道の達人に依頼して血氣なる少壮輩の腕前を打挫かざる可らず未熟の劍法に誇て人を凌ぐ者あらば更に上手の劍法家を以て其肝膽を冷やすべし未熟の槍術を恃で粗暴をなす者あらば又更に一層の槍術家をして彼れが心魂を驚かすべし只だ此れのみにて足れり又此を外にしては他の名策あらざるなり乃ち血氣の武士も最早その腕前を恃で傍人を凌ぐ能はさるの境遇に立ちたれば各々其安んずべき所に安んじて武士仲間の秩序整然たる者と云ふべし佐れば武士帯劍の時代に在て人を殺すの秋水は〓間に橫はりなから相互の闘争案外に少く傍ら世人に對するも亦同樣の次第なりしに非ずや或は相撲仲間の有樣にても力の強弱各々その定度ありて獨り乱暴を働くを得ず若しも之を働たときは忽ち上手の者に投伏せらるゝが故に腕力あれども又之を以て人を凌ぐこと能はざるなり然るに彼が腕力に懼れて其乱暴を防がん爲め之を相撲以外に導て其憂を除かんとするは彼の武士を處するに茶道諸禮を以てすると同一般の拙策なりと評せざるを得ざるなり

我輩斯く通俗の例を假來るは別に深遠の思慮あつての事に非ず唯だ近來の世相を〓察するに毎度我輩の開陳する如く世上に政談の熱甚しとて大に之を憂慮し百方苦心して其鎮減の策を考へ畢竟今日の政談は血氣の少壮輩が西洋流の學問に心酔して唱ふることなれば之を處するの一方は唯だ支那風の道徳學を以てして西洋流の新主義を罵倒するに在るのみと合点し〓りにその〓力をなす者の如く然り論者の婆心全くの無理にはある可らずと雖ども我輩は此人々が平生老練の考へに似もやらず寧ろ極端に奔馳するが如くに見えて心中少しく疑なき能はず我輩の眼を以て見れば我日本國は早くも國是を開國と一決し新に就て舊を棄て社會にあるとあらゆる者は皆な西洋主義に基きて改革を行はざるはなく而も離が其木鐸を執りしと云へば乃ち政府にして遂に今代の新日本を現出するに至れり政談も亦最初、政府が木鐸を執りたる一部にしてその今日に小喧擾を起したるは勢運の免れ難き所なり世上の少壮輩或は輕躁ならざるに非ず粗暴ならざるに非ずと雖ども又何故に輕躁なるか何故に粗暴なるかと云ふに是れ他なし巳れの腕前を恃て路傍の人を騒がすものなれば苟もその腕前を挫くべきの敵手なからん限りは何時迄も人を凌ぎ人を騒がしその際限ある可らず去迚その腕前は協力無双にして到底敵すべきの見込泣きやと云ふに又大に然かず即ち腕の覺へ甚未熟なるも幸ひに強敵手なきが故に得々然として路人を凌くまでのことにて其趣は血氣の武士が相手なきに乗じて獨り我に募り以て乱暴を働くに異なる可らず故に世上にて法律論を以て人を凌ぐ者あらば更に上等の法律學者を出して之を壓倒し政治論にて世を騒がす者あらば更に高尚の政治學者を作て彼れの鋭鋒を挫折せしめ或は理財を談して迫らは更に上流の經濟主義を以てこれを破ぶり要するに少壮輩の心肝をして其腕前の恃むに足らざるを悟らしめて其心服を受くるに在るのみ畢竟今の政談家も血氣の武士と同一般にして其藝は未熟ながら何れも巳れのみの天下にして目に強敵を見ざるが故に輕躁粗暴の点もあることならんと雖ども上手の敵手を以て之を制し劒を以て來らは劍を以て之に應し槍を以て來らば又槍を以て之を挫かば其輕躁粗暴を鎮するには充分の餘地あること實に疑あらさるなり

右の如く今の少壮輩を處するには唯だ同類を以て同類に當りその方法は極て簡易にて其收功は迅速なるべしとの理由既に分明なる上は世の婆心家も先づ安心して此一策に依頼すれば事足るべきに何を苦んで新らしき文明の學問を廢して古き蒙昧の腐學を興さんとし西洋流の主義を厭て支那道徳學の一風に戀々するにや抑も今日の政談をして斯くまでに燃上がらしめたるは誰の咎なるか日本の國是を開國主義と一決したるは誰の責なるか日本一定の國是は既に開國に在りと決心したるからには益々西洋の文物を輸入すべし西洋の學問にて今日の政談を致したらば又高尚なる西洋學を以てその氣焔を鎮む可きなり我輩も婆心論者が支那の道徳と古學問を以て政談家を制せんとして更に其〓〓のあらざるのみならば別に容喙する所なしと雖どもその弊害の及ぶ所は彼の政談家が大に抵抗に反動して例の巳が腕前に我に募り、益々その乱暴を働き古學問を以て吾を諭し古道徳を以て吾を誨ゆるは無禮なりとて愈々激昂して制し難きに至らんも〓る可らず去迚は我日本國の爲に如何なる事變を生すへき歟誠に心快からざることなればなり我輩が此婆心論者に向けて聊か警誠の鄙言を呈するも亦是婆心の一端のみ