「朝鮮政務監理の派遣如何」
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時事新報に掲載された「朝鮮政務監理の派遣如何」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
朝鮮政務監理の派遣如何
上海申報は過日我輩に報して曰く直隷總督李鴻章は前桑港總領事陳樹棠を朝鮮へ遣はして通商事務を監理せしめんとせんに陳氏は固く辭して未た其命に應せずと北清日報は我輩に告けて曰く李氏、陳氏を擧けて朝鮮通商大臣兼政務監理に任せんとせしに陳氏は非才其職に堪へずとを苦に之を辭したれば李氏は書を西太后に上りて旨を陳氏に諭さんことを乞ひたりと右は我輩が在清新聞の報告より聞きたる所にして時事新報の讀者に向ては既に其聞きたる儘を報し置けり今上海北清の二報を見るに其旨趣別に異なる所なしと雖ども申報には唯通商事務とのみありて日報には通商大臣兼政務監理と明記したり是れ二報の獨り逕庭する所なり我輩は申報を信せんか將く日報の言に從はんか五百里外の來信遽に其是非を辧するに苦めり左なきだに變幻常なき支那政府の政略なれば之を詳にするには唯後報を俟つの外なきなり我輩今支韓通商條約の第一條を接するに北洋大臣は商務委員を朝鮮へ派遣し朝鮮官吏と往來して其商務を取扱はしめ重大の事件にして官吏と評議するを便とせざる者は北洋大臣の命を待て朝鮮政府に掛合はしむべき旨を掲けたり申報に所謂通商事務を監理せしむとは此商務委員と同様なるか或は之に類するの事務を司とらしむることにそ李氏は陳氏を擧けて單に此任に當らしめんとする歟我輩の所見にて彼の商務委員とは我邦に所謂領事即ち「コンシユル」の義と解するからには支那の文字にて何と記すも締盟各國互に其貿易塲に領事を置くの例に戻らざるの限りは我輩敢て喙を容れざるなり又彼の日報に政務監理とある其政務は朝鮮に對する支那の政務を指したるもの歟果して然らば自國の政務たる支韓交際上日常の事務にして之を監督理辨するは前既に陳したる「コンシユル」即ち領事の職なり尋常の領事なれば支那若し之を派遣するも我輩敢て意に介せずと雖ども李氏が苦心して彼の政務監理たる其人を吟味し陳氏こそ適任の人物なりとて其固辭するをも顧みす書を西太后に上りて之に就職の旨を諭さんことを乞ひ太く其撰擢を重んするの樣子あるを視れば所謂政務監理とは尋常一樣の領事として支那の事務を監督理辨するものに非ざるが如し然らば則ち彼の政務とは朝鮮の政務を指したるもの歟果して然らば之を監理するとは朝鮮政府万機の政を總監統理することにして此任に當るものは唯宰相あるのみなりされば政務監理とは宰相の別名にして支那若し之を派遣すれば朝鮮新たに一宰相を生するの姿なり朝鮮は隣國より新宰相の來るを見て果して如何の處置をなすや苟も獨立の體面を全うせんと欲せば斷然之を斥けて其干渉を拒絶することならん若し又之を拒むこと能はず抂けて支那の意に從ひ其監理を仰くこともあらば我輩日本人も亦自から其覺悟なきを得ず抑も明治九年我特命全權辨理大臣の一行が判中樞府事申〓、都總府副總管尹滋承と兩國の名義を以て議定したる條約には朝鮮は自主の邦なりと明記し本年五月米國特派全權公使「フート」氏が其批准を交換したる米韓條約にも亦之を獨立國と認めたり左れば今日朝鮮國と條約を結ひたるものは日本と米國と支那と三ケ國にして條約面より見れば此三國の間に毫釐の輕重ある可らず故に支那が朝鮮の爲に政務監理を命して之を韓廷に派遣するの權あれば日本も亦同樣の權を有し米國亦同樣にして朝鮮の政府に向ひ自國の一官吏を以て其宰相に任せんことを促す可し斯の如きは則ち一國の政府に他國の三宰相を入れて政を任するものに異ならず人間世界の政治上に行はる可き事柄に非す或は支那の自大妄慢なる尚今日に至るまでも朝鮮爲中國所属之邦の残夢を貪り之を世界の公評に明にする能はざるも〓に獨り朝鮮國に向ふのみ其驕傲を逞うして朝鮮も亦抂けて之に服從し支那の脅迫は之を拒むに由なしと雖ども日本と米國と與に支那同樣の事を行はんとするが如きは敢て之を辞せんとするの意なるも亦計る可らず斯る塲合に於ては我々は支那と朝鮮との内情を問ふに遑あらず我輩日本人及び米國人は公然たる同等國の資格を以て朝鮮の政府に向ひ締盟國に交るに同等の禮を以てす可しと約しながら其締盟國の中獨り支那に厚うして日米を薄うするは如何と其理由を正さゞるを得ず是時に當て朝鮮政府は何等の返答をなす可きや是迄我々に對して獨立の顔色を妝ながら今日に至り支那を待つの禮を以て我々を待つこと能はざれは〓に我々の面目を汚すのみならず少しく言葉を嚴にすれば寧ろ我々を賣りたるゝ意味なきを得ず尚何の辞ありてか分疏することを得んや若し又朝鮮政府にて我々日本人及び米國人に告くるに其事情を以て隣國より宰相を入れて之に政を任するは決して弊邦の意味に非ずと雖ども支那の〓〓之を拒むに遑あらず残念ながらも其意に順〓したるなり云々と申出つることあらんか此後の相手は清廷なり最早朝鮮政府を詰るを要せす我々は徐に北京政府に向ひ更に口舌の間に折衝する所あらんと欲するなり