「聯合商工業會」

last updated: 2019-09-08

このページについて

時事新報に掲載された「聯合商工業會」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

聯合商工業會

東京府知事は去る廿二日府下の重立たる商工業組合幷會社總代を木挽町舊明治會堂に招集し聯合商工業會の府下に必要なるを以て其設立を誘導する旨を演述し且其組織及び撰擧法等に關する書類を頒ち諮問する所あり其要旨は本年太政官第十三號布達に基き商工業會を設立して其業務に關する利害得失を諮問し又は其會の意見を聞き以て衆望のある所を知らんと欲するに在り又其會員を撰擧するに府下各區より直ちに代議人を撰ぶの困難にして且實地に適せざるを察し先つ府下各商工業組合幷會社より總代人を出さしめ之を以て會員に充つるの制となさんとし其費用の如きも地方税又は協議費に依らずして各組合人員の多寡に由り各自の負擔となさんとするに在り是に於て會員は其設立を賛成し又創立委員の撰定を府知事に乞ひ七名の委員も定りたれば委員は二週間を期して規則草案を制し更に協議する所あらんとすと(詳細の事は本月廿四日廿五日及び廿六日の紙上に分載し第十三號布達は本年五月十七日の官令欄内に在り)

該會は各地農商工の實况を視察し勸業事務をして着實ならしめ倍其改進を圖るの目的に出で官民の情をして互に相通徹せしめんとするものなれば府知事の之れが設立を誘導するは職務上適當のことにして其費用の支出方及び會員撰擧法の如きも府知事の意見其當を得たるものと信ず從來立法上又は施政上に於て官吏の思考する所及び措置する所は徃々理論に偏して實地に通せざるの患を免れず實業家は爲めに大なる影響を蒙るものあり故に此會に依て實地の事情に適し至便の法を立て眞利を起し得るに至らば其最多く幸福を受くる者は即ち人民なり左れば此會は官民の便と謂はんより寧ろ人民の便と謂はざる可らざるなり我輩嘗て法律規則等の制定あるを見るに動もすれば官府爲政の便利を謀るもの多くして官に直接する所の事に就ては精密なるも間接の事は却て然らざるものあるが如し例へば新聞條例は數回の改正ありて愈精密と爲るも出版條例は其割合に從て其に伴はさる歟徃々偽版者の出現して版主に損害を蒙らしむる者あり蓋し甲は直に官府爲政の便不便に〓が乙は人民の利害に〓〓たものにして〓より見れば先つ〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓又は〓〓の方法に於ても其手續期節等、事の便利は収税上を目的として納税上の便利は第二に位するものゝ如し是等は政府が自家に厚くして人民に薄くし巳れに便して他を不便にするの故意あるに非さるや明かなり如何とすれば他に不便あるも其不便なるものが直に政府の便利たるに非す間接には政府も共に其不利を蒙る可ければなり畢竟民間實際の条に通すること尚ほ未た緻密ならざるが爲に意想外の結果を生するものなれば商工業會の設置により右等實際上の利害得失能く通達する時は隨て不幸不便の結果を免るゝは自然の理なりとす

我輩は此會に付最も注意すへき要件二條あるを覺るを以て之を記述して讀者の參考に供し併せて會員諸君の注意を乞はんとす

 第一 商工業會は實業上の相談會なるを以て府縣會の如く規則嚴格ならず又冷情ならざるを要す

 第二 商工業會は百般の業務に付惣体の便益を謀るを以て會員中一個人又は一黨類の權勢に歸せざるを要す

(第一)所謂府縣會の如く規則嚴格ならず又冷情ならざるを要すとは會員打ちくつろきて相談し些々たる詞咎めなどは最も無用にして如何なる訥辨もよく其眞情低意を言顯はさしむる樣にすることなり素より府縣會なればとて其規則嚴に過き心情冷却して十分蘊底を叩き眞味の相談出來ずと謂ふには非ざれども一般に其景况を見れは兎角規則嚴格にして議論圭角を露はし甚しきは各自言辞の上に議論の枝を叢生し百口各囀ずり異説紛々止る所を知らず而して之を規制に照し第一第二及ひ第三次會を經て決を多數に問ひ起立して其數を算し來れば甲の議論にもあらす乙の發言にもあらず一種奇怪の多數決となり双方ともに失望するが如きは隨分其例に乏しからす此等は議員が疑似に慣熟せざるに由ると雖ども其規則嚴格にして妄りに變通をなすこと能はず又各自の心情親密温厚ならずして瑣碎の議論を生し互に相和せず相譲らずして遂に冷かなる規制の裁制を受けざる可からざる有樣に陥ればなり故に今回の商工會に於ては議事の整理は要用なれども必らず三次會に限るに及ばず議決不都合なれば四次會も開く可し五次會も亦開くべし眞情低意を盡して實際適切の事と衆人希望の点とを認定するを以て必要なりとす又何ぞ嚴格なる規則を以て之を制限するを須んや是れ創立委員諸氏の規則編成に就て注意あらんことを望む所なり

(第二)會員中一個人又は一黨類の權勢に歸せざるを要するとは會員公平の思想を以て百説の業務に便益を興ふるを目的とし普く本〓を受たるを〓〓ざる可らず、是れまで諸方に流行したる商法會議所〓〓の中には徃々〓〓〓の冝しからざるものなきに非ず、其議する所無益の空談に非ざれば或は一二有力者の左右する所となり甚しきは世人をして某會議所は某地の會議所にあらずして某氏の會議所なりと評せしむるに至る此の如き塲合に於ては如何なる議案を提出するも唯々諾々滿塲一致一も新案を呈し修正動議を發する者もなく會頭或は役員の言ふがまにまに決議する有樣なきにあらず斯くては折角多數の人を集めて衆議を採るも商工一般の考案を寫出するには非ずして一二有力者の私見に衆議の名を粧飾し偶以て其勢力を添るものに過ぎざるのみ故に本會の會頭及ひ役員の如きは常に之に注意して會員中同類相引援するの弊を防き其風儀を政治會の如く爲らしめざること本會に向つて望む所なり

思ふに今回撰擧せられたる創立委員及び會員となるべき人々も以上の弊害に見る所ありて府縣會又は商法會議所の如き覆轍を履むことあらざる可べしと雖ども又他に弊習を生するの患はあらざるか我輩は他の弊習の種類は之を豫言するの明なしと雖ども只會員たる者は此會をして官の爲めに設けずして民の爲めに設け其議する所も民の便を謀りて間接には自から官の便利にも爲る可きものなりとの事を記臆せば府民の幸福益之より大なるは莫かる可きなり