「金融の變動米價の下落」

last updated: 2019-09-08

このページについて

時事新報に掲載された「金融の變動米價の下落」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

金融の變動米價の下落

明治十六年度我日本政府の歳出入豫算表に依るに歳入の總計は七千五百六十万圓なり此内重立ちたるものは第一地租四千三百万圓第二酒造税千六百七十万圓にして此二項を除くの外は海關税の二百六十万圓郵便税の二百二十五万圓會社税の百二十七万圓工部省鐡道益金の百十六万圓〓益〓承〓の〓歳入より集成するものとす今地租酒造税の二項を合計すると其金額五千九百七十万圓即ち政府歳總入の十分の七分九厘弱に相當せり日本政府は地租と酒造税とを以て維持するものと云ふべきなり抑も租税の集散は一國の理財に影響する所決して少なからず徴收の金額巨大にして其期限亦甚た急迫ならんか忽ち全國各業の理財上に不幸なる變動を來たさゞるを得ず殊に銀行等の仕組十分ならざる國に於ては此變動の不幸をして一層甚烈の点に達せしむることを免かれざるなり今日本政府歳入の七分九厘に當る地租酒造税の兩項五千九百七十万圓を徴收するの期限を見るに現行の法左の如し

 地租徴收期限

 一期〓〓七月一日より 畑方及ひ宅地原野等

  同八月卅一日限 五分

 二期同九月一日より 同 五分

  同十月卅一日限

 三期同十一月一日分 田方五分

  同十二月十五日限

 四期翌年一月一日より 同 五分

  同二月廿八日限

 酒造税徴收期限

酒造免許税

 酒税免許は毎年九月三十日までに管廰に願出て免許税は免許鑑札を申受けたる時に納む

種類造石税

 第一期 四月三十日限

  十月一日より三月卅一日まで撿査濟石數に係る税額の半數

 第二期 七月卅一日限

  四月一日より六月三十日まで撿査濟石數に係る税額の半數

 第三期 九月三十日限

  七月一日より皆造撿査濟石數に係る税額並に前納額の残數

然るに地租中にて最も重立ちたるものは田方税にして其金額三千零七十万圓酒造税中にて最も重立ちたるものは造石税にして其金額千五百六十万圓なり盖し酒造は冬期のものにして速に醸造して速に賣出し勤めて梅雨の候保存の爲め火を入るゝの費用を避けんとするは酒造家が常に服膺する所の訓戒なるが故に其撿査濟石數の如きも十月一日より翌年三月卅一日までのもの即ち納税第一期四月卅日限りに税額の半數を納むべきもの居多なるべきや疑を容れざるなり是に由て之を觀るに秋冷より冬季を通し春寒の時に至るまでは日本政府の歳入最も饒多の折にして單に地租造酒税の二種のみに付て見るも十一月一日より翌年四月三十日までに徴收すべきもの既に四千万圓に近しこれに他の一般の租税を加ふれば其金額頗る巨大なるべく政府の收税事務は其七八分を此時期の間に終るものと云ふも恐らくは其實を失はざるべし我輩の聞く處に依れば大藏省にて出納の〓〓〓〓〓は夏時税初の頃に在り豫〓札の使用を必要と〓〓〓〓此時期に在りしとか云へり果して然らば通貨集散の實况は夏季は民間に散して政府に來たず冬季は政府が集〓〓民間に〓〓〓其〓〓甚だ偏する所ありと云ふべきなり政府にして若し冬季民間の苦を知らんと欲せばこれを遠きに求むるに及はず自家夏季の苦惱は即ち民間冬季の苦惱なりと知るべきなり政府の苦惱はこれを慰するに其法ありとか聞く民間の苦惱は寒に餓に霜雪の中に號泣し天を仰ぎて空しく春過ぎ夏來るを待つの外に工夫なきなり

今我國にて冬季民間の金融逼迫の際に當り其苦を嘗むることの最も深酷なるものは農民なりとす前段に記す如く全國田方税の總額は三千〇七十万圓にして其五分即ち千五百万圓は十一月一日より十二月十五日迄四十五日間に皆納し殘り五分千五百万圓は一月一日より二月廿八日迄五十九日間に皆納せざるを得ず農民は此租税に充つべき金錢の用意なきが故に納税期の迫まるに從ひ先つ其收穫の米を賣拂ひてこれを調へざるを得ず米一石を五圓相塲とするときは田方税の總額を得んとするには六百万石餘の米を賣拂はざるを得ず新穀正に實り舊穀尚ほ未だ盛ざるの刻左なきだに米價の下落は避くべからざる事なるに此時忽ち年内師走十五日を期して一時に三百万石の米を市塲に出し又新年早々五十餘日間を期して更に又三百万石を市塲に出す需用多きを加へずして供給餘りあり全國の米價は下落せざらんと欲するも下落せざるを得ざるなり農民とて善價を俟て沽らんことを欲せざるにあらず前頭市塲の冥濛たるを望み見て時機の好からざるを知らざるにあらずと雖ども如何せん納税の期限背後より追跡し來り忽ち其臂を伸べて我後髪を攫まんとす乃ち前頭仮令火の雨の降るあるも衝てこれに入らざるを得ず進まんか米價の下落前に在り退かんか納税の期限後に在り農民の進退は實に茲に谷るなり然れども茲に谷ると云て止むべきなら〓ば唯價を擇はずして其米を賣り國民の義務を盡すの一法あるのみ其艱苦想ふべきなり (以下次號)