「金融の變動米價の下落(昨日の續)」

last updated: 2021-12-25

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時事新報に掲載された「金融の變動米價の下落(昨日の續)」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

我輩前號の紙上に論する如く毎年冬季民間の通貨は一時に政府の庫中に集湊して流通上の用を爲さず民間一体に其不便苦痛を感するに中にも取分け農民の苦痛は尋常一樣のものならず何となれば全國田方税二千餘万圓の徴収期限は十一月一日より翌年二月廿八日に終るが故に僅々四ケ月の間を期し此租税金を得るためのみにても六百万石内外の米を賣拂はざるを得ざればなり是故に今若し政府のために計て大に不都合を見ず人民のために計て大便益を得るの法あらば一日も速にこれを實施せんこと上下一般の本願なるべきや甚た明白なり

元來地租徴収期限の如き明治十年以後十四年以前に在ては現行の法と比較して其急迫決して甚たしからず即ち畑方税は七月一日より十二月十五日まで百六十八日間に皆納し田方税は十二月一日より翌年四月卅日まで百五十一日間に皆納するの法なりしこれを現行法の畑方税は七月一日より十月卅一日まで百廿三日間に田方税は十一月一日より翌年二月二十八日まで百廿日間に皆納するものと比較すれば大に寛なる所ありと云はざるを得ず然るに十四年現行の徴収期限に改まりてより以來金融の變動漸く著明なる折抦爾後又新税の賦課あり舊税率の增加ありて大に収税の金額を增し本年の如きは酒造税のみにても既に千六百七十万圓に達し旁以て冬季収税時限の民間の金融に年一年變動を增すの勢あるを以て嚴冬四ケ月の間に急に六百万石内外の米を賣拂ひて田方税を納むるの責ある農民に取りては其頭上の壓力年一年強大に移るの實あるを覺知すること當然なり我輩は政府が租税徴收期限を伸縮するに其趣意の在る所を聞知せざるがために明治十四年以來何故に地租徴收期限を短縮せしや其意を知らずと雖ども仮りに我輩の推量のみを以てこれを探らんに政府が冬季急に非常の歳出を要するがためにてもあるまじ又急に徴收するときは大に其手數と費用とを省くべしとの考にてもあるまじとするときは其大眼目は毎年出來秋の初めに急に納税を促さざれば農民等の無勘辧なる未た納税の義務を終らざる前に先つ其米穀を奢侈の用に消摩するの恐なきを必すべからず明治十二三年の頃全國の農民が俄かに衣食住及び遊嬉の程度を增長したるの例に鑑みて此恐の一概に無根ならざるを知るべし收穫初めて終り農民正に米嚢山積の裡に險〓呻吟するの時に當りて早く其一部を取て終農の義務を全くせしむるは長者の婆心にして收税の秘訣なりと云ふの意に出るかと疑はるゝなり果して然らんには此工夫決して新奇の發明ならず舊幕時代に在ては津留め門留めなど云へる法ありて毎年の出來秋貢米皆納に至るまでは領内の津浦關門より一切米穀の他領輸出を禁止したることもありたり此法當時に在ては必ず其効を奏し斯る領内には自然年貢不納の者を見ること少なかりしならん然れども此時節に在ては年貢は皆現物の米穀を納むる法なりしが故に津留め門留めの工夫甚た妙なりしと雖ども地租改正以來明治の今日の如き金納の租税法と改まりたる日に於ては津留め門留めの類の法律は全く其結果を殊にせざるを得ず農民をして先つ納税の義務を終ることを勉めしむるの驗應は農民が米穀を賣急ぐに顯はれ六百餘力石の米を一時に市塲に持出して非常に其價を下落せしむるに顯はれ米價非常に下落し農民の錢を得ること甚た少なければ自然國中に地租怠納の者を生するに顯はるべき道理なればなり故に昔日津留めの精神に因り農民をして租税怠納の不幸に陥ることなからしめんと欲せば大に納税期限を寛にし農民をして一年の最高價を俟て其米を沽るの時を得せしむるに若くはなし斯の如くするときは徒らに米穀をして一年の或る一期を限りて全國の市塲に汎濫せしめ直接には農民一般間接には他の商工士民をして大に其害毒を蒙しむるの憂なかるべきなり

獨り地租のみに限らず一般の租税を徴收するに當り大に其期限を寛にして時を假すことあれば納税者の便利は論を俟たずと雖ども爲めに政府の會計出納上大に不便を蒙ることなしとも云ふべからず或は時に由りて大に國庫の支出を要することあるも偶ま税金の收入甚た小額にしてこれを償ふに足らず徒らに無上の困難を釀出するの弊なきを必し難かるべし然れども果して納税者の最上便利に從て收税するのこと政府の歳入に時に由り厚薄偏倚の不便を蒙るの基なりとせんかこれを今の政府の歳入夏季に乏しくして冬季に豊かなる偏倚收入の不便に比して格別の相違はあらざるべし好しや案外の偏倚あるべしとするとも納税者の便利を計るは重要比すべきものなき税事の主眼たるが故に寧ろ政府の不便を忍びて此主眼を減沒せざる方穩當なるべし按するに西洋諸國の會計法には利付大藏省手形を發行して一時國庫の融通を計ることあり即ち未た租税の収入十分ならざるの際に國庫の支出を要するときは取敢えず短期限の手形を以て其仕拂を爲し追て租金収入の上正金にて其手形を引換ふるなり一口に云へば三四ケ月限り引換の公債証書を發行して一時國庫の不足を補ふの法にて甚た便益なる工夫なり今日本政府にして租税徴收期限を改正し出納の不便を蒙るの恐あらば同時に此大藏省手形を發行するの制を定めて其不便に備へんのみ我輩は徴收期限の改正甚た容易なるを信する者なり