「朝鮮國に於て日本人民貿易の規則並に税則」

last updated: 2019-09-08

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時事新報に掲載された「朝鮮國に於て日本人民貿易の規則並に税則」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

朝鮮國に於て日本人民貿易の規則並に税則

讀者諸君は去る十六日以後の時事新報公報欄内に就て承知せらるゝ如く本月十五日を以て我政府は「朝鮮國に於て日本人民貿易の規則」と稱するものを發布せられたり此規則は朝鮮國に於て貿易に從事する我日本人民の遵奉すべき法規にして本年七月二十五日朝鮮漢城に於て辨理公使竹添進一郎氏と督辨交渉通商事務閔泳穆氏と各奉する所の全權に依て〓議決定し兩國政府の准可を得たるものなり而して又此規則は七月二十五日より百日の後に至りて實行するものにして來月二日は正に朝鮮各港に於て此規則實行の期日に相當し頗る切迫したるものなるが故に朝鮮貿易に從事する日本商人は充分熟讀の上豫め覺悟する所あるべきは論を俟たざるなり

回顧すれば日本朝鮮両國の間に初めて條約を結び兩國の交通を密ならしめしは明治九年の二月にして今より正に七年の昔に在り締約の當坐は日本商人の渡韓する者も甚だ少なく釜山の一港僅かに一落の日本居留地を見るに過きざりしが三四年前より貿易次第に繁昌の兆を現はし本年仁川開港の後は俄かに渡航の商人も増加し後來大に其〓大を期すべき傾向あるが如く然り抑も朝鮮の貿易は他の外國貿易に比して一種特別の性質を帯び名は外國貿易なれども其實は日本内國の商賣と毫も異なる所なし、朝鮮に渡航するの船は日本國内何れの津浦より出發し何れの津浦に歸着するも勝手次第にして他の外國貿易の如く開港塲を經て發着すことを要せず、朝鮮に渡航するの船は他の外國に航する者の如く必ず西洋形の蒸氣風帆たるを要せず日本形商船漁舟にても決して差支なし、朝鮮の貿易に從事するの船には日本朝鮮両國の港に於て噸税等を賦課することなし、朝鮮の貿易には輸出入一切の商品に日本にても朝鮮にても更に課税することなし、以上は今日の現况にして朝鮮貿易の繁昌なる所以も内國商賣に異ならざる此自由制度の存するもの大に與りて力あるは我輩の言を俟たずして明白なるべし然れば今此貿易規則並に税則の約定ありしがため朝鮮貿易に從事する我日本商人は直接に商業上の不便を蒙ること決して少小ならず其影響は直ちに全体の貿易に現はれ仁川其他各港日進の盛况も一時大に其光を失ふべきは期して俟つべき結果なるべし

斯の如く觀察するときは朝鮮貿易規則幷に税則は日本商人の一大災難たるに相違なしと雖ども退て勘考するときは此災難必ずしも無理無法と云ふべからず何となれば苟くも外國の貿易と名つくる以上は一切無税にして營業し得べきものならず世界各國何樣自由貿易主義の國と雖ども今日未た無税輸出入の制度あるものなき時節に當て獨り朝鮮國のみ課税することを見合せよと云ふは頗る道理に遠ざかりし要求たるの嫌あらん日本人民は無理無法を惡むこと終始蛇蝎も啻ならず一時少許の困難なる内情あるがため自から好みて無理無法の名を負はんとするか如き卑劣心なきは勿論の事たるが故に今此規則税則の新設を聞て日本商人のなかに怨聲を發する者なきは斷して我輩の保証する所なり然れども唯其税則の割合の適否如何に關しては必ず大に意見あるべきや是亦疑を容れざるなり試に朝鮮海關税則を一見すべし朝鮮國産の輸出税は貨幣地金銀及び旅客手荷物の無税なると人參の一割五分税たるとを除くの外一切の輸出品皆從價五分の課税ならざるはなし然るに日本よりの輸入品に至りては其輸入税大抵從價五分八分乃至一割二割にして三割に上るものも少なからず其全體に就きこれを輕税なりと稱することは甚た六ケ敷かるべし好しや此割合を以て輸出入品に課税することと定むるも若し日本政府にして彼の歐米諸國の例の如く他國と貿易條約を締結するの前に當り先づ其草案に對し一般商人の意見を諮問せられたることもあらんには此税目中五分の部に掲けたる品々を無税の部に入れ八分の部に掲けたる品々を五分の部に入るゝ等の事を必ず希望したることあらんと思はるゝなり然れども此貿易規則幷に税則とも日本朝鮮兩國の全權大臣既に業にこれを協議決定し兩國政府既に業にこれを允准したる今日に於ては其條款中仮令日本商人の意に滿たざる所甚た少なからざるべしとするも亡兒の齢今更これを計ふるも益なく千語万言も秋風徒らに其唇の寒きを覺るに過きざるべし唯我輩は日本商人に向て來月二日よりは朝鮮貿易上卒然寒威の加はるあり努力各自の業務に從事して他日春陽の時節を待つべしと云ふより外には相告くるの言なきなり然るに我輩は今此春陽の來期甚だ近きに在りと信する所あるを以て試にこれを明日の紙上に記し日本商人をして聊か恃む所あるを知らしむべきなり(未完)