「朝鮮國に於て日本人民貿易の規則并に税則」

last updated: 2021-12-25

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時事新報に掲載された「朝鮮國に於て日本人民貿易の規則并に税則」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

目下朝鮮國と修好通商の條約ある者は日本米國及び支那の三ケ國なり此内にて支那は彼の朝鮮爲中國所屬之邦の論を〓したることもありて今日に至るまで尚ほ未だ正當の條約と稱すべき程のものなく甚だ曖昧なる條約國なりと雖ども昨年末天津に於て朝鮮の使節趙寧夏、金宏集、魚允中が支那の李鴻章、馬建忠と會同議定したる清國朝鮮商民水陸貿易章程と稱する八條の約定書ありて支那商人も此約定に依て朝鮮に來り貿易を營むものたるが故に支那も亦日本米國に次ぐ朝鮮の一條約國なりと云て不可なかるべし今回日韓兩國全權大臣竹添進一郎閔泳穆の兩氏が漢城に於て此貿易規則并に税則を議定するに當り果して他の條約國即ち米國支那と朝鮮との間に今日既に存在し或は尚ほ恊議に屬する貿易規則并に税則等を參考し大に斟酌する所ありしや否や是我日本商人の先つ知らんと欲する所の一主眼なるべし

清國朝鮮商民水陸貿易章程を閲するに其條中朝鮮に來る支那商人并に支那に徃く朝鮮商人とも商品を輸出入するに税則に照らして納税すべしと記したる字句は徃々にあれども其輸出入品の税率を示したるもの甚た少なきを以て人參を朝鮮より輸出するに一割五分税を課すると云ふことの外は各品の税率總て分明ならず唯章程第五條に左の一句あり

向來兩國邊界。如義州會寧慶源等處。例有互市。統由官員主持毎多窒礙。茲定。於鴨緑江對岸柵門與義州二處。又圖們江對岸琿春與會寧二處。聽民隨時徃來交易。両國第於彼此開市之處。設立關〓。稽察匪類徴收税課。其所徴税則。無論出入口貨。除紅參外。概行値百抽五。云々

此條の趣意に依れば支那朝鮮両國の境界西岸の鴨緑江東岸の圖們江兩江畔の諸開市塲に於て兩國の商人が貿易を營むこと勝手次第なり伹し其税則は人參(一割五分税)を除くの外輸出入品にても從價百分の五即ち五分税なりと云ふに在り今此五分税は單に鴨緑江と圖們江との諸開市塲にのみ限るものにして仁川元山釜山等の他の開港塲の貿易に適用せざるものなるや否や章程中に明文なきを以てこれを知るに困むと雖ども仮りにこれを支那商人が朝鮮の各港市に來りて營む所の一切の貿易に適用するものなりとするときは其影響する所の大なる直ちに我日本商人の貿易を朝鮮各港より排除するの恐あるが故に去る七月廿五日漢城に於て日韓両國の全權大臣が議定したる貿易規則并に税則は其實行の期日即ち來る十一月二日を待たずして直ちに之を改正すること甚た緊要なるべし此規則税則を議定したる全權兩大臣并に此議定を允准したる兩國政府とも斯る賭易きの事由を看過するの理なきを以て支那朝鮮貿易章程中の輸出入五分税則は唯鴨緑江と圖們江との貿易にのみ適用するものと解釋する方穩當ならんか好し此解釋をして穩當正確のものと定めたらんにも掌大の朝鮮國にして仁川より輸入する物品には元價の二割五分乃至三割の重税を課し鴨緑江義州等より輸入するものには同一の品物に向て只の五分を課するが如き不公平あらんには如何で此國の貿易をして正當の道を進行せしむべき望あらんや全朝鮮國の輸入貿易は鴨緑江等の支那商人の一手に歸し仁川元山釜山等に出入する日本商人は唯閉店歸國の外に工夫なかるべし義州の開市塲は漢城を距ること僅かに百餘里なり漢城の北の方義州に於けるは南の方釜山に於けると其距離相同し仮りに一事を想像し吾人今朝鮮貿易に從事し數石の泡盛て舶載して仁川に到りこれを賣らんとするに三十圓の輸入税を納めざるべからずこれを百里外の釜山に廻漕し此門よりして輸入すれは五圓の納税にして足れりと云ふことあらんか仁川府民其人と雖ども三十圓を出して自家門前の泡盛を買はんより五圓を投して百里外の泡盛を取寄することを便なりと爲すや疑を容れず况や釜山を距ること百里に足らざる忠清、全羅、慶尚等諸道の人民に於てをや左すれば實際に於て吾人の泡盛は朝鮮に入るに唯釜山の一門戸あるのみにして終るなるべし故に今鴨緑圖們兩江畔の清韓貿易章程の存在する限りは日本人民の貿易規則并に税則は全く其用を爲さゝるものと覺悟せざるべからず此規則税則を議定せし全權大臣并此に議定を允准せし兩國政府は果して此賭易きの事由看過することなかりしや否や

米國政府は昨年朝鮮と條約を結びし以來今日に至るまで未だ米國人民の遵奉すべき朝鮮貿易規則并に税則を恊議決定したることあるを聞かず顧ふに當時尚ほ談判中のものに係はるならんか就ては今回日韓兩國の全權大臣が日本人民の貿易規則并に税則を議定するの前に當り米國政府とも恊議したる所ありしや否や輸入税目中英國佛國日耳曼等の製造に係はる金巾、寒冷紗、麻布、縮緬呉呂、葡萄酒等の類は八分或は一割税たるにも拘はらず米國の産出に係はる石炭油は五分税の中に掲けたるなどを見るときは或は米國政府との恊議もありたるかの如く思はれるども察するに今回の議定に付ては左まで深き打合せもなかりしものとする方穩當ならんか果して然らは近日米韓両國全權大臣が議定すべき貿易規則并に税則の都合によりては直ちに又日本人民の規則税則を改正するの要用あるべきや測られざるべし察するに來る十一月二日以後と雖ども若し米國人民の税則議定に至らざる限りは米國商人の朝鮮各港に貿易する者は日本商人の例によりて輸出入税を課せらるゝの恐なかるべきなり

支那米國商人等が朝鮮貿易に關する地位斯の如し我日本商人は如何にこれに處せんとするか我輩これに答て曰く大にこれに處するの法あり即ち日本人民貿易規則の第四十二〓に

尤現時若くは後來朝鮮政府何等の權利特典及び惠政恩遇に論なく他國官民に施及するものあらば日本國官民も亦猶豫なく一體均霑するを得

と明記しあるが故に現時將來に〓なく支那商人にして鴨緑江圖們江の諸開市塲に在て貿易する者あらんか日本商人も往て貿易するを得べし。此等の開市塲に限り輸出入税共に五分の輕税ならんか日本商人も亦此税率を適用するを得べし。米國商人にして來る十一月二日以後無税輸出入を爲す者あらんか日本商人も亦一錢の税を納むることを要せざるべし。果して斯の如くなるときは我日本商人は先づ此貿易規則并に税則を熟閲の後更に又他の條約國民の權利特典を察し我規則税則と符合せざるものあらんには仮令ひ規則税則の文字は何樣ならんにも我亦直ちに他の權利特典を享有するの權あるものと知るべきなり日本商人たる者決して憂苦するを要せざるべし(未完)