「英獨両國の朝鮮條約は我日本人民に何等の關係あるか」

last updated: 2019-09-08

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時事新報に掲載された「英獨両國の朝鮮條約は我日本人民に何等の關係あるか」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

英獨両國の朝鮮條約は我日本人民に何等の關係あるか

我輩が去る十一日の時事新報に記したる如く明治九年以來本年十一月初旬に至るまで我日本人民の朝鮮貿易に從事する者は無類最上の自由制度の下に在りて隨て大に奮進する所を知り遂に一ケ年の輸出入貿易金額凡四百万圓朝鮮各港居留の日本人三千五百名内外に達することとはなりたり然るに十一月以來は頓に此自由貿易上に内外種々の變化を來し竹添辨理公使が朝鮮京城に於て同國政府と結約し追て我政府の批准を得て十一月初旬以來實施しつつある所の「朝鮮國に於て日本人民貿易の規則」を以て朝鮮諸港に出入する日本船舶は一噸に付韓錢百廿五文小形の船舶なれば其半額又は四半額を課税せられ輸出入の商品は大抵其元價の五分八分一割二割二割五分乃至三割の關税を賦課せらるることとなりたる折柄又〓我日本政府に於て本月七日の布告を以て來年二月一日より朝鮮國との貿易は總て他の外國貿易の手續に依ることに定まり日本國内各開港塲より朝鮮に往來する船舶に手數料を取立て輸出入の商品に關税を賦課する等總て他の外國との貿易に異ならざることとなりたり僅々一百日の間に朝鮮と云ひ日本と云ひ内外變化の急激なる日本人民をして朝鮮國との貿易は炎日熾くが如き盛夏の天より一躍して雨雪霏々峭寒膚を斫るの嚴冬に入りたるものなりとの感覺を起さしめたり明治九年以來本年に至るまで日本人民が朝鮮貿易上に於て無比の自由を享有し來り今日忽ち此變化に遭遇したるは其辛苦固より察するに餘りありと雖とも畢竟するに歡樂は元と常にすべきものにあらず前日歡樂の愛すべかりしがために今日普通の道理に基き此歡樂を减殺せられたるを見て敢て不平を唱ふべき理由なきを以て唯默して此辛苦を忍ぶの外に工風なかるべきなり

然るに爰に日本人民のため朝鮮貿易に關して一つの喜ぶ可き報道を得たり即ち過日來時事新報に記載する英吉利獨逸の兩國使臣が去月二十六日漢城に於て朝鮮政府と協議决定したる修好通商條約に關する報道是なり此報道に依れば両國使臣即ち北京駐在の英國公使パークス氏と橫濱在留の獨逸總領事ザツペ氏は十月中旬共に漢城に到着し夫より朝鮮政府と條約締結の談判あり其條欵に關しては双方不承諾の事多く爲めに大に時日を遷し遂に十一月二十六日に至りて始めてこれを議决するを得たり此談判に付て英獨両國使臣は相互に熟和協議し連合して朝鮮政府と往復討論し從前より漢城在留の日本米國等の使臣とは毫も豫め議する所なく條約の次第は英獨共に同一樣にものなりと云へり又其條欵中通商の事に關して朝鮮諸港出入の船舶には三十錢の噸税を賦課し輸出入の商品には二三種の無税の外未製作品は從價五分、織物類は從價七分半、精巧の製作品は從價一割、贅澤品は從價二割の關税を賦課するの約定なりと云へり而して又英獨人民が朝鮮内地旅行の權利に關して此報道に依れば當時支那に行はるる例の如く旅行劵をさへ所持すれば通商のため内地旅行勝手なりとあり(昨日の時事新報雜報欄内「英韓條約〓則」の一項を參觀すべし)畢竟するに今回の英獨條約は其全權使臣等が漢城に到りて朝鮮政府と協議决定したる迄のことにして未だ其本國政府の批准を經ざるものなるが故に逐一其條欵を世上に公示するの塲合に至らず我輩亦前記報道中の條項にして果して間違なきや否や固より之を〓言すること能はずと雖とも此英獨條約を取て目下我日本人民が遵奉する所の修好條規并に「朝鮮國に於て日本人民貿易の規則」に比較すれば英獨人民等が朝鮮の交際貿易上に享有する所の權利恩惠は日本人民が享有する所のものに超過すること盖し幾等の上に在るものならんと思はるるなり仮令萬一の塲合に於て前記報道の事柄を以て信を措くに足らずとするも實際の事情により理を以て之を推すときは信を措かざらんと欲するも能はざるなり何となれば若し英獨政府にして其朝鮮との修好通商條約は日本米國等の先例に倣ひて毫も修正を要せずとの意ならんには何ぞ今回の如く一ケ年餘の日月の間種々往復討論の末〓〓既に成るを見て得に全權使臣を派遣し實際〓談の後も一ケ月餘の日子を費して始めて協議决定に至るが如き非常の煩勞を取ることあらんや殊にパークス公使は天津河口の氷合して歸路の阻絶せんことを氣遣ひ條約調印の翌日朝鮮國王に謁見の禮を終ると齊しく直ちに歸途に上りたる等の事情より見れば一ケ月餘の滞韓决して偶然の閑遊にあらず英獨両政府が要求の諸点極めて過酷にして朝鮮政府もこれを承諾することに躊躇し談判頗る困難なりしがためなるべきや理に於て甚だ明白なり然るに今両國使臣は首尾よく使命を終りて漢城を退き其使命に關する事情の大概を聞知しあるべき日本支那在留の英獨人民等も甚だ滿足すべき結果なりと公言するからには此條約は目下日本朝鮮の間に存在する條約諸規則等に比すれば英獨人民に取りて頗る便益多きものなりと断言するも敢て事實に遠ざかるの恐なかるべし

英獨人民の勝利斯の如しこれを日本人民が盛夏より嚴冬に移りたるが如きの辛苦に比較すれば一見雲泥の相違あるものの如くに思はるれとも其實は决して然らず朝鮮貿易上に關する英獨人民の權利恩惠は英獨人民の獨有にあらず即ち亦我日本人民の權利恩惠なればなり「朝鮮國に於て日本人民貿易の規則」第四十二欵に曰く「現時若くは後來朝鮮政府何等の權利特典及び惠政恩遇に論なく他國官民に施及するものあらば日本國官民も亦猶豫なく一體均霑するを得」と是即ち公法上に所謂最惠國條欵なるものにして此一句の存在する限りは日本人民にして他の人民と對立し一歩をも讓るの要なければなり思ふに英獨條約の如きも必ず其批准實行の期を急ぎ英獨人民が朝鮮各港に輻輳するも必ず來春〓氷の期に後れざるなるべし我日本人民たらん者は眼を開きて他が擧動の如何を觀察し何等の權利特典及び惠政恩遇に論なく我も亦猶豫なく一體均霑するの覺悟を爲すこと目下朝鮮貿易に關し頗る緊要の事なるべし