「反動論」

last updated: 2019-09-08

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時事新報に掲載された「反動論」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

反動論

事物運動の働きは一樣ならず緩急とは其速力を異にするものなり橫斜とは其方向を轉するものなり就しも其に前面進動の中に在るものにて未た運動の激變と爲すに足らざるなり反動とは文字の如く進動の反對にして反面に向て直に相却行し其却行の疾除は正しく進動の遅速に應するものなれば有形無形の事柄を論せず一たび反動の事相を呈すれば之に變化を及ぼすこと最も大ならざるを得ず支那人の言に物窮まれば則ち變ずと云うことあり物窮まるとは進動の極度に達したるの謂にして變ずとは則ち反動の變相之に継て發し來るとの意味ならん乃ち事物運動の定則にして何事を論せず長日月間には多少此變に〓會せざるを得ず左れば其實例は人々の經歴に徴して自から明白にして敢て多言を要せずと雖とも支那文學の歴史に就て其一例を擧くれば先秦西漢の文章は所謂散文体なりしが晋隋に至り文風頓に變し駢四驪六、八股の法門を開きしかば李唐の文士轉退之等は八代の文を振ふと稱して頻りに文章の復古を唱へ其極は秦漢以後の文を讀まず抔とて爰に文風の反動を呈し復古の風潮は一時文學社會に流行したりしが五代以下宋の初に至りては古文又漸く衰へたれば歐陽修等は再び文章の復古を唱へ其後元、明、清に至るまで文風の一變する毎には常に復古の反動を呈したるものの如し尚ほ東西諸國に就て此等の類例を求めたくば文學宗敎政事商賣より風流骨董装飾衣服の微に至るまで遂の反動の變を免れざるを見る可し左れば反動の働きは事物必然の勢ならんと雖とも局面に當て事物の運動を支配せんと欲するものは此働きをして一事一物のみに止まらしめ延て社會全面の波瀾を生ぜしむ可らず之を經世の秘訣とす彼の文學政治等の〓をして獨り其社會のみに限らしめず商賣敎育宗敎等の區域にも及ぼして社會全局の事物に反動の寄禍を被らしむるが如きは自から其方面の動静を支配する能はざるのみならず他社會の人までも引き來りて共に倒瀾の渦中に旋轉するものと申す可し例へば我邦十六年前の王政維新は唯政治上の變革なりしに其變革の餘勢獨り政治に止まらずして宗敎の區域にまで侵入し一時廃佛論の行はしめとして人心を動搖せしめたるのみならず神佛〓〓〓〓〓〓〓〓に佛閣を〓て〓地を〓したるの痕跡は今日〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓のあるが如き宗敎〓〓の〓化〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓たるの〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓

今試に東西各國に就て社會進歩の有樣を見るに〓動の中にも一時退歩の〓を呈し〓々の際にも或は〓々の現象を顯はすものあり即ち反動の事相にして免る可らざるの常態なりと雖とも獨り北米合衆國のみは此例外に在るものの如し米國の建業は千七百年代の事にして茲に百有餘年なりと雖とも此間國歩の進運は一直線に快奔し來り其文明は一氣呵成にして中に頓挫の觀なきに似たり左れば米國は唯進運の一方のみにして初より退歩の變相を呈せざりしが如しと雖とも既に前節にも陳せし如く反動は事物運動の定則なりとすれば米國とても亦此定則外に立つ能はず故に往々反動の働きありしことならんと雖とも其働きたるや僅に社會の一局面に過ぎず文學の反動は文學社會のみにして政治商業敎育の反動も亦各其方面の小波瀾に止まれり是れ畢竟文學政治商業等社會一部の局面に當るものが屹然として其守る所を守り獨立獨行他界の流潮に左右せられず各社會共に拉雜喧騒して進歩せしが故に縦令ひ一局部に反動あるも全局進歩の本色に蔽はれて其變相を顯はす能はざりしものならん顧みて窃かに我邦今日の有樣を窺ふに少しく反動の奇症を顯はしたるが如きの觀なきに非ず是れ維新以來國歩日進の勢漸く今日に盛迫し來り窮まりて變するの現象を呈したるものが或は人爲の控制も亦興りて力ありしものか敢て其〓を究むるを要せずと雖とも右の奇症は必ず由て出つる所あらん、文學社會より出たるか、政治社會より發したるか、孰れにしても社會の一局部より起りたるならんと雖とも今日の有樣にては各社會皆此反動に盪樣せられて其旋渦中に回轉するものの如し即ち社會進動の本色は却て反動の變相に蔽はれて全面共に變色したるものと云ふ可きなり盖し彼の小潭の水は一片の落葉之に点するも尚全面の波紋を生ず可し汪々たる千頃の波に至ては之を擾せとも濁らず鯨鯢蛟黿其中に飛躍するも爲めに全面の動静に影響することなし米國社會の全面を動搖する能はざるも亦謂れなきに非ず我邦は其國土大ならざるが故に社會の廣袤より論すれば小潭の水に比せざるを得ず落葉一点の小反動も或は其全面に波及するが如きの觀あるは畢竟此れが爲めの故ならんと雖とも國土の大小は實際社會の動静に關することなし若しも其中の事務繁劇にして文學、宗敎、政治、商業の各社會互に相獨立し其方面に當るものは他界の流潮に左右せられずして獨り其社會中に進動するときは縦ひ一社會にて反動の變相を呈するも其變相は全面の本色を蔽ふ能はずして遂に〓く清流に歸し再び以前の〓〓に立〓みて一般の〓〓と共に其〓〓を異にするに〓〓〓〓當邦の文學政治以下社會〓〓〓の〓〓とも〓〓〓〓〓〓〓〓〓其本色を保て一社會の倒瀦の爲めに各自専任の方面を〓〓せらるることなくんば今日反動の小變の如きは遠からずして必ず常態に反正するの日あらん、言を寄す當世上流の人、一時の反動に左右せられまた時流に流されて自ら其旋渦中に回轉する勿れ