「徴兵令に關して公私學校の區別」

last updated: 2019-09-08

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時事新報に掲載された「徴兵令に關して公私學校の區別」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

徴兵令に關して公私學校の區別

今回改正徴兵令の發行に付き徴集〓豫の特例私立學校に及ばずして唯官立府縣立にのみ限るに付ては苟くも課程の高尚なる私立學校は必ず廢滅に属す可きや又疑を容れず教育のため憂う可きものなりとの事は本月七日の時事新報に大縣を論じたれば今又其緒に就き公私學校の區別を記して此特例をば私立學校にまで及ぼす要を陳べんとす

改正徴兵令第十一條に年齢滿十七歳以上滿二十七歳以下にして官立府縣立學校の卒業證書を所持し服役中食料被服の費用を自辨する者は願に因り一ケ年間陸軍現役に服せしむ又其技藝に熟達する者は若干月にして〓休を命ずることある可し云々とあり

又第十二條には官立公立學校の歩兵操〓科卒業證書を所持する者は其期未だ終わらずと雖も〓休を命ずることある可し云々とあり

又第十八條は事故の存する間徴集を猶豫するものにして其第二項に官立府縣立學校の卒業證書を所持する者にして官立公立學校教員たる者第三項官立大學校及び之に準ずる官立學校本科生徒とあり

又第十九條には官立府縣立學校に於て修業一個年以上の課程を卒りたる生徒は六ケ年以内徴集を猶豫すとあり

又第二十條には豫備兵に在ると後傭兵に在るとを問わず復習點呼のため召集することなき特例を掲げて其三項に官立公立學校教員とあり

以上は官立公立の學校に属する特例にして苟も私立學校とあれば其課程の高卑に拘わらず仮令ひ卒業證書を所持して服役中食料被服等の費用を自辨せんとするも一ケ年間現役に服する願は叶わず又仮令ひ其本人が技藝に熟達するも若干月にして〓休を命ぜらるゝ恩典に洩るゝことならん(第十一條)

又私立學校に於ては仮令ひ歩兵操練の科を設けて其卒業證書を所持する者あるも現役の期終らずして〓休を命ぜらるゝ恩典に洩るゝことならん(第十二條)

又現に學術に熟達して官立公立學校の教員たる者にても其本人の出處を尋れば私立學校に修業したる者にして官立府縣立學校の卒業證書を所持せざるに於ては夫れが爲めに徴集を猶豫せらるゝ特例に洩るゝことならん(第十八條第二項)

又私立學校の課程高尚にして官立大學校に等しきものあるも官立ならざるが爲めに其本科生徒も學力の如何に拘わらず猶豫の特例に洩るゝことならん(第十八條第三項)

又私立學校とあれば其學科の高卑に論なく生徒が仮令ひ幾年の課程を卒るも六ケ年以内徴集を猶豫せらるゝなきことならん(第十九條)

又如何に學術に熟達して學校の教員と爲り生徒教育の事を司とるも其學校なるものが官立公立に非ざる限りは教員と雖も復習點呼のため召集せらるゝことならん(第二十條第三項)

改正徴兵令中特例の及ぶ處に就て官立公立學校と私立學校とを比較するものは大なる差違ありと云わざるを得ず日本國中後進の少年苟も武に入らずして文に志し安んじて學問に從事して學問を以て身を起さんと欲する者は今後斷じて私立學校に修業する者ある可からず然り而して今學問教育上の實際に就き日本國中の學校教育は何れの所轄なりやと尋れば

明治十三年十二月第五十九號布告教育令第一條に云わく

 全國の教育事務は文部卿これを統〓す故に學校幼穉〓書籍舘等は公立私立の別なく皆文部卿の監督内に在る可し

其第二十一條に云わく

 私立學校幼穉〓書籍舘等の設置は府知事縣令の認可を經るべく其廢止は府知事縣令に開申す可し

其第二十二條に云わく

 町村立私立學校幼穉〓書籍舘等設置廢止の規則は府知事縣令之を起草して文部卿の認可を經るべし

其第四十四條に云わく

 公私學校に於ては文部卿より發〓せつ吏員の巡視を拒むことを得ず

其第四十一條に云わく

府知事縣令は管内學事の實〓を記載して毎年文部卿に申報す可し

又明治十二年十二月文部省第九號府縣への〓に云わく

 公私學校の教育府知事縣令に於て弊害ありと認るものは其事由を具し文部卿へ稟申可致此旨相〓候事

又明治十三年同省第八號の〓に云わく

 私立學校の教則教育上に弊害ありと認むときは其事由を具して稟申可致此旨相〓候事

又府縣官職制中府縣の事務主務の省に稟稟申可致此旨相〓候事して後に處分す可きものを條擧して其第三十一項に私立學校を停止する事とあり

以上の公文に由て之を觀れば日本全國の教育事務は文部卿の統〓する所にして私立學校は固より其監督内に在るや明なり(教育令第一條)故に其設置も其廢止も地方官の知る所にして(同第二十一條)設置廢止の規則も文部卿の認可を經るを法とす(同第二十二條)又文部卿は全國の學事を統理監督するが爲めに獨り之を地方官に任ずるのみに非ず時々本省より吏人を發〓して私立學校を巡視せしめ(同第四十條)尚其上にも地方官に令して毎年其管内學事の實〓を具申せしめ(同第四十一條)私立學校の教旨教則或は教育上の弊害ありと認むるときは(文部省第九號第八號達)其事由次第にて之を停止する權あり(府縣官職制)左れば政府が私立學校を管轄する法は至れり盡せりと云う可きものにして官立公立學校と私立學校との間に殆ど區別あるを見ず唯教育令の第十九條に

 學校に公立私立の別あり地方税若くは町村の公費を以て設立せるものを公立學校とし一人若くは數人の私費を以て設立せるものを私立學校とす

との文ありて公私の區別分明なるが如くなれども此區別の由て生ずる所は唯其校費の一點に在るものにして學校の大小、學科の高下、教旨教則等の得失は之に關らず故に今公私の學校を比較すれば費用の出處こそ異なる可けれども私立學校の小にして其學科の却って私立よりも低きものもあらん而して其教旨教則の如きは公私の別なく飽くまでも政府の知る所にして其廢立さえ政權内に在るものなれば日本國中幾千万の公私學校あるも苟も教育上に弊害あるものとては一校も存在す可からず何れも皆國の爲めに有〓にして〓く可からざるものなり(以下次号)