「外國の事態を知るの必要」

last updated: 2019-09-08

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時事新報に掲載された「外國の事態を知るの必要」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

外國の事態を知るの必要

外交の主義を開國と定めて諸國の人と交際を結び學問政治商賣等社會首要の事を與にして互に交り互に競い又互に利害を爭わんとせば先づ諸國の強〓貧富文野智愚の度を知らざる可からず某國は文明にして某國は不文なり此れの兵力は強大にして其れの智工は無双なりと一々先方の國柄を心得、之に接し之に應ずる〓梅にも亦深く加減を費せば交際上の掛引きに於て最も大切なることならん若しも先方の國柄を知らずして手當り次第に應椄したらば商賣上にも或は不意の大敗を取り政治の交際も互に齟齬して不都合續々輩出せん乃ち双方の交〓を冷して破裂の端を開くものにて國の外交上に取りては實に惡結果を來すものなり故に開國外交の後は人の己れを知らざるも固より患ふ可きものなりとす海外友邦の國柄を知るは斯の誠に大切なれども所謂國柄とは即ち一國人文の模樣にして之を詳知するには自から學問上の知見を要するが故に是れは暫く上流士君子の事として尋常一樣の人民には各國地理上の區別の如き極めて淺近の事にても之を知らしむること肝要なり從來我邦下流の民は外國に關する智見一般に〓く例へば北米合衆國は北亞米利加洲の何れに〓るや英と佛とは歐羅巴の何れの塲所にて對峙するや獨墺露の三大國は何れの部分にて犬牙するや等誠に簡單の關係にても之を知るものは寥然たり我安政慶應の前後開國外交の初に當ては獨り下民のみならず上流高等の士人にても外國人を視て唐人〓稱し〓〓の支那人も黒色の「子グロ」人も或は英米佛等の白哲人種も一樣同般の唐人にして初めより其支那たり「子グロ」たり將た英米佛たるを問わず況んや其國を區別して其地位方角を知るに於てをや今日東京横濱等西洋各國の人に接する地にては一般耳目の聞見も亦隨て廣くして此各國人の國土を承知するものも亦甚だ多からんと雖も一歩を田舍地方に踏み込めば唐人は矢張り唐人にして其唐人の國名を知らず其國の位置遠近を知らず開國外交の其時と恰かも無知の度を同うするもの比々皆然り今日外交多事の際國明の知見をして斯く〓〓に又斯く曖昧に任じて遂に之を開くことなからしめなば他年一日如何なる不都合を生ず可きや我輩の窃に疑懼する所なり左れば此等の人民に向ひ先ず各國の區別を知らしめ尚進んで其強〓貧富より工商學藝智德の度まで略ぼ其大要を知らしむるは即ち國民一般に外交の指導を與ふるものにて今日に於て特に大切なることと云う可し盖し我輩の宿論に日本の教育は外國の事〓を知らしむること最も必要なり之を知る道は先づ彼の文字言語を解するより始めて漸く其著書新聞紙等を讀み又機會を失わずして彼の國人に交り彼の本國に徃來して文明の學に志す可きは勿論なれども仮令ひ或は高尚なる學術を學び得ざるも一と通り日本外の事〓を暗知するのみにても國に益すること少々ならず何事を後にしても洋學丈けは其〓育の區域を廣くして只管これを奬勵す可しとて時としては世論の鋒を避けずして切言すること多きも其〓意常に此邊に在るものなり

現に今日の支那人は國を開て外交しながら其外國の何物たるを知らず東西南北共に蠻夷〓〓なり中華の眼より之を視れば皆な〓獣國たるに過ぎず英と云い米と云い將た佛獨と云い孰れも同穴の狐狸、同舟の洋鬼にして人を魅するは則ち一なり一〓に之を嫌ふて一〓に近づく可からずとは支那人一般の筆法にして其外國を知らざる度は我邦開國の當初に比するも尚一層の甚だしきものにして客歳九月廣東の一揆が沙面の居留地を襲撃し火を放て税關吏の家を燒きたるが如きも其税關吏の英人たり將た佛人たるを以ての故に非ず外國人と聞けば無差別に之を嫌悪する際、偶ま其〓火を洩す機を得たるが故に敢て一撃を試みたるのみ廣東は多年開港の要地にして外國人に接することも亦極めて頻繁なれば攘夷の念も割合に薄く他の支那人より之を見れば寧ろ西洋に癖する嫌ありとのことなれども其廣東人の所爲すらも尚右の次第なり其他固より攘夷家に至ては西洋人を洋鬼と稱し夷〓と呼で之に逢へば面を〓ふて其〓〓の臭に接するを好まず行うに鉄道線路に由らず電信線下は頭を蔽いて遇ぎ西洋人を嫌忌する餘り併せて其物までも嫌い甲乙彼此を論ぜずして一視同嫌其間に厚薄なきものゝ如し我邦にては開港日尚淺しと雖も上流の人士鋭意西洋の文明を採り各國人文の模樣を詳かにして能く之れに接するが故に上の爲す所下も亦爭ふて之に倣ひ國中攘夷の妖氣は文明の風に〓われて復た一点の塵を留めず靑天白日外國と交り上下漸く之れと競ふて共に利害を爭わんとする念を生じたれば今後は都鄙の人民も外國の何物たるを知りて又其外國に區別を立て其貧富強〓を知りて之に交接する〓梅にも亦加減を費すに至らん今日外交多事の際國中一般の人民にして外國の事態を辨へず力を量らずして外交の事を〓せば一國の安危存亡も亦將に測られざるものあらん我輩は明日の紙上に於て更に支那の近事を〓き出し果して其然る所以を示さんと欲す(以下次號)