「木の東京を改めて石の東京とすべし」

last updated: 2019-09-08

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時事新報に掲載された「木の東京を改めて石の東京とすべし」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

木の東京を改めて石の東京とすべし

我輩は昨日の紙上に於いて火災の恐るべく其損失の莫大なるを論じ併せて又此火災を避けんと欲して巡〓警察を嚴にするも放火人の跡を絶つこと甚だ六ヶ數、好し一時は其跡を絶ち得べしとするもこれを永久に持續することは願うべくして行わるべからず故に東京百万の住民をして烈風の夜過ぎて火を失する人あるを憂えず故意に人家に火を放つ兇人あるを憂えず安然枕を高くして眠に就かしめんとするには唯今の木造の家屋を改造して煉瓦造又は石造の家屋と爲し火の燃え風の吹かざるを恃まずして家の焼くべからざるを恃むより外に工夫なしとの事を論陳したり今此家屋改造を實際の問題と爲すに當り先ず定めざるべからざるものは東京の中央市區なり東京の中央市區を定め然る後に區内の街路を定め用水管を埋め惡水溝を通じ煉瓦造石造の家屋を建築して永久の謀を爲すは何れも皆相〓帯する所の事業にして一たび其計畫を定め中央市區の〓既に成るの後は同時に此諸事に着手せざるべからず則ち中央市區を定るを以て第一着歩と爲すなり

東京は元と徳川幕府の城下にして封建時代本城の周圍に三百諸侯の第邸を置き主人家臣をして皆此處に住居せしめ以て府内の人口を集めたるものにして大扱の如く商業の中心として其繁榮を維持したるものにあらず府内各種の商人は唯德川將軍大小名以下在府武家一体の衣食住を供給するを以て業と爲す所謂小賣商人のみにして廣く全國の有無を通ずる問屋様の商業に從事するものにあらず故に德川政府が江戸の市街を配置する法も唯所在武家屋敷の費用に應するを目的として各處に散在せしめたるに止まり他に意を用いたる所なきが如し諸侯の第邸各所に割〓すれば商人の住する市街も各所に割〓し江戸の全都は三百諸侯の小城下を格別に陳別して一大衆落を處したるものなり本郷に加州其他の屋敷ありて本郷の町あり赤阪に紀州其他の屋敷ありて赤阪の町あり市ヶ谷に尾州あり小石川に水戸あり三田に薩州ある等皆其例にして日本橋近傍の町々は徳川の本城及び丸の内一体の武家の用を達するものなりしと云うべきなり斯の如き次第なりしが故に日本第一人口百万の大都會なりと雖も此處ぞ中央市塲なりと稱すべき程の塲所もなく勝手次第に粉乱錯雑したる其有様は日本の眞中に二里四方の八幡數を作りたるに異ならず不始末も亦甚しと云うべし然るに今此八幡數を改造して第十九世紀蒸氣電氣の世の中の大日本帝國の首府にして兼ねて又其内外貿易の中心市塲と爲さんとするには非常の改良を要すること固より論を侯たず或は今の東京を昔の武藏野と見做し現在の河〓市街城郭等の地位を顧みず純然たる學術上の工風を以て新東京市街を〓に製し此〓式に從て新都府を造るべしとの説もあれども此説は根底より東京市街を改造するものにして其費用の浩大又其成功の遅緩なる今の時勢に其得失相償わざるの恐なきにあらず依って我輩の思考する所にては幾分か現在の市區を利用してこれに改良を加え其費用を少なくして其成功を速かにするを以て最も實際に近きものとするなる試に其方案の大〓を左に記すべし

東京の中央市區は今の京橋區と日本橋區と両區の地にて十分ならん或は地形の都合もあれば神田區に属する駿河〓下の町々をこれに合し南は新橋汐留川を以て界と爲し北は万世橋淺草橋の神田川を以て界と爲し東は隅田川を限り西は數寄屋橋鍛冶橋呉服橋の堀を限り此畫線の内に在るものを以て中央本區と爲すべし此中央區内に於いては縦横街路の配置を最も適當のものに改め、狭き路を廣くし、廣き路の方向を變し、不用の〓路を塞ぎ、必要の新路を開き、橋を架し、河を〓り、地盤の高低を定め、用水の鉄管を埋め、惡水の甃石溝を作る等其計畫既に定まる後にこれを〓式に製し以來新たに家屋を建築する者は必ず此新〓式に依り煉瓦或は石の類不燃質物を以て造るべし其表通りたると裏通りたるとを論ぜず又物置小屋炭薪納屋の類たるを論ぜず一切木造の建築を禁止して在來の木造家屋を除去することを勉むべし、毎街左右の人道は石を甃み中央の車道も亦石を甃み或は「アスファルト」にてこれを塗り冬は雪を拂し夏は水を灌き、瓦斯燈は屋の内外を〓して暗夜も白畫の如く、馬車或は空中銕道は區内縦横に徃來して出るに脚を要せず、電信局郵便局は必ず毎十字街頭に設け、傳話機會社ありて居ながら遠方の人と對話すべし、又芝居の如き相撲の如き人の歡樂に供する具は必ず皆此中央區内に開塲せしむる等人間の生を營み歡樂を求むるに必用なる大小百般の便利は皆區内に集合せしめて以て大に其繁榮を助くべし

斯くの如く中央市區を定め其家屋の制を限るに於いては今の裏店住居の貧窮民の類は到底此區内に住居すること難しかるべし此人々は中央區外に在を家を求め各自營業時間は區内に出張して其生計を營むの法に從うなるべし又今の中等以上の商人と雖も新たに煉瓦造石造の家屋を建築するは其資力堪えざる向もあらん此等の人々には其新家屋を抵當として特に資金を貸興する法を設けんには容易に新家屋を得せしむる工夫にあらん故に貸附の資金として東京府債及び國庫の補助を以て十分の金額を〓ねて用意し置くこと必要なる