「官私の學校共に不安心ならんことを祈る」

last updated: 2019-09-08

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時事新報に掲載された「官私の學校共に不安心ならんことを祈る」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

官私の學校共に不安心ならんことを祈る

今度改正徴兵令發行に付き官立府縣立學校の生徒に特別の〓典を附典したるは政府に於いて武を〓張する傍に又文重んずる深意あるが如くなれども元來文を重んずるとは日本國中を通覧して次第に學者の數を増加し次第に學問の流行するを期することなれば我輩の〓見を以てするごときは今度の特典は學問社會の全面に於いて必ずしも學者の數を増す可きにも非ず又其流行を助く可きにも非ざる可しと信ず今數を以て之を計らんに爰に生徒三百名の官立學校ありとせん此三百名の中にて徴兵に應ず可き資格の者は凡百分の七十即ち二百十名ならん此二百十名の生徒が適齢に至りて徴集せられ抽籤の法に從うごときは多くとも其十分の一即ち二十一名こそ現役に服す可きなれば實數に於いては三百中唯二十一名こそ失うのみ三百名の生徒に毎年二十一名を除去するが如きは減に計うるに足らざる數にして顧って一方より私立學校の生徒を見れば此特典外に放却せられたるが爲に不安心の惨情に陥り彷徨狼狽する者其數を知る可からず其或行は即ち學者の數を減じ全国の文運に影響すること少なからざるものなり本來政唐が故さらに特典を設けたるは實際に二十一名を惜しむには非ざれども三百十名中二百十名は其誰彼れが籤に富るやも〓る可からずして二百十名一様に不安心なる可し不安心にては學問修業の妨と爲る可きが故に官立學校にさえ入れば一切徴兵の心配なしとの保証を示し以て生徒の心を安やかしむる趣意にして其情の景も〓なるものなる可しと雖も官立學校に安心あれば其安心のある程に正しく私立學校に不安心を生じ一方で不安心を典物にして一方の安心を〓し得失相償うを實際に〓する所ある可からざるが故に我輩の祈る所は若しも政府にて徴兵令の重きを重んじて私立學校に特典を興う可からずとのことならば此主義を今一層押立て、官立府縣立の學校にも及ぼし日本國中の學校は都を徴兵〓像の特典なきものなりと公明正大に一定せられんことの一事なり斯くの如くなるごときは全國の學生其修業中悉〓不安心なる可きが如くなれども其不安心は即ち一様の安心たる可きのみ抑も安心不安心とは畢竟相對の言葉にして陸は海より安心なり徒歩は騎馬より安心なりと云うが如し〓れども陸に〓〓〓なけんば海も亦安心なり徒歩する者なければ騎馬も亦安心なり故に今官立府縣立の學校に入れば安心なりと云うは唯私立學校に入る者に對して安心なりと云うに過ぎず又私立学校に入りて不安心なりとは官立府縣立に對して不安心なるのみ若しも日本國中の學校に官私の差別なく徴兵令の及ぶ所平等一様ならば徴集猶像の特典あるも安心にして是れなきも亦安心なり三百名中二十一名は免がる可からず官に入るも私に入るも徴集に應ずるは日本國民の本分なりと思えば左まで狼狽す可きに非ず即ち日本國中の學生は悉皆海に在るが如く馬に騎するが如し随に居り又徒歩するは誠に安心にして國〓徴兵令なき〓〓の有様なれども今や時勢に從て斯る安心の地位は日本國中に見出す可からず丁年の男子其數十分の一は現役に服す可し即ち一身にして九分の安心、一分の不安心なれども官私學校の生徒一様に其不安心を帯びれば又これを不安心とせざるの情を生ず可きや明なり況や學校生徒の不安心は三百中の廿一にして大數十五分一の割合なるに於いてをや恐るゝに足らざる數なれども唯如何せん官私双方相近接して同一様の地位に居り同一様の事を勉めながら一方は万々安心にして一方は其不安心にも拘わらず之を放却して顧るものなしと云う其有様は官立府縣立學校の生徒は陸に居て水に浸さるゝ患なく私立學校の生徒は海に漂い十五人中の一名水を被る者ある可きが爲に満舟皆狼狽するものに異ならず水を被る素より少數にして舟中全般の實際に關する所は小なりと雖も顧って陸上の安全なるものを見れば自ら自家の不安心を増すこと甚しからざるを得ず即ち人生の至情にして決して禁ず可きものに非ず故に政府が實に文を重んずる趣意にして日本國中に學者の數を増加し〓學問の流行を促さんとならば寧ろ公明正大に徴兵令を行われしめ官立縣立の學校にも特典を許すなきこと我輩の所望する所なり若し或は威業の文人を武事に用いること不利なりと云わず徴集の時に試験して俊英の物を免ずること甚だ易し其俊英や或は官の學校よりも出でん私の塾よりも出でん唯本人の力量次第にして即ち男子の競爭なれば其力に由て免と不免とあるは當然のことにして私學の生徒も決して之を辞せず人これに辟易せざれども其學問の脩業中に一方には萬全の安心を得せしめて一方に殊に不安心の地位に放却せらるゝが如きは私學生徒の爲に實以て無上の災難にして又我日本國學問社會の爲にも其不利少々ならざるが如し是れ我輩が官私同様の爲に先ず安心を求め若し之を得ざれば公明正大双方共に不安心の地位に置き其れ不安心を以て双方共に安心せしめんことを〓望する所以なり