「外國の資本を借來りて銕道を興し以て内國の富源を深くすべし」
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時事新報に掲載された「外國の資本を借來りて銕道を興し以て内國の富源を深くすべし」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
外國の資本を借來りて銕道を興し以て内國の富源を深くすべし
我日本國内に興すべき事業の多くしこれに供すべき勞力も亦多しと雖もこれに伴う資本の不足なるがために未だ以て國の富源を深くすること能はざるは我輩が世の有志者と共に常に遺憾とする所なり其興すべき事業を列擧すれば農工に商に固より其數を畫すこと能はずと雖も目下日本の景〓を察するに差當り銕道を興すより〓なるものは盖し甚だ稀なるべし抑も銕道の大切なるは此營業のために下したる幾千万圓の資本金に年々好利を生ぜしむべきがためのみにあらず此好利を生ずると同時に銕道の便利以て全國の人事を〓〓し非常の改良進歩を爲さしむる益あるがためなり故に今日の富源を深くせんとするに先ず着手せざるべからざるものは銕道布設を以て第一とするなり
今日本國内重要の地方に銕道を布設する資金は我輩先ず之を外国に借らんことを欲するなり何となれば内外金利の割合を對照するに外國の方非常に廉にしてこれを得ること易く此廉利の金を以て銕道を興し又これを維持する利は内國の資金を使用するに比して非常に大なるものあればなり今回我政府が中山道銕道を布設するに其要する所の資金大略千八百万圓これを外國に借らずして内國に募り當て金利の不廉を厭はざるが如きは我輩其理由の何邊に存するかを知るに苦しむなり近来全國市塲の不景氣は世人の熟知する所にして其影響は公債證書の價格に現われ一両年以前は七十圓にても買人を見出すこと難りし公債が昨今の相塲にては九十圓にても賣人の方にて手離さずと云う程の景況となりしは實に非常の事なりと云わざるを得ず公債を買入るゝ地位に立つ人々のためには悲惨至極の時莭なりと雖もこれを賣出す者のためには随分都合よき時莭なりと云う不可なることなし此都合にき時莭に當てすら我政府は年七分利付の銕道公債を額面百圓に付九十圓にて賣出したり若し都合よからざる時莭に際せば八十五圓乃至八十圓にて賣出すにあらざれば或は買人を見出すに苦しむこともあらん九十圓に對する七分の利足は百圓に付七分七厘の割合にして日本内國に在れば格外の低利なれども外國の金融市上に於いては決して廉なるものと云うべからず今若し此公債を英國倫敦にて募集するとせば日本政府の信用を以て利足は年五分賣出し直段は九十五圓にて三五千万の金を得るに格別の困難を威せざるべし好しや五分の廉利にては聊か困難なる所なりとするもこれを増して五分半又は六分にすることあらば決して應募者は少なきを憂えず或は却って其多きに苦しむこともあらん年五分利付九十五圓の賣出しなれば百圓に付五分三厘の割合にして年六分利付なれば六分三厘の割合なりこれを内國債の七分七厘に比較すれば年一分四厘乃至二分四厘の差違を見るべし二千万圓の元金なれば内外利足の差違一年に三十乃至五十万圓なり内國債なれば毎年三五十万圓の費用を加え外國債なればこれを省く其利害得失多辮を侯たずして甚だ明白なるべし是我輩が中山道銕道資金を得るに外國債に由らずして内國債に由る理由を知るに苦しむ所以なり殊に今回の中山道銕道公債は其所持を内外人一般に許す法にして外國に於いて證書を亡失する等の塲合には其地の日本公使舘又は領事館を經て我大蔵卿に届出てしむるの用意さえあるものなれば外國人に金を借ることを禁断したるにあらざるの意は甚だ明白に窺い見るべし果して然らばこれを内國に募りて年七分利付九十圓に賣出すことを爲さずこれを外國に募りて年五六分利付九十五圓に賣出し毎年三五十万圓の費用を省くに於いて別に大なる差支はなかる可し畢竟するに中山道銕道公債を發して外國人にも所持を許すは其實外債に相違なしと雖も唯これを日本国内に發したるが故に云はば外國の金主を自國に引付けて金を借用するに異ならず左れども等しく他人に金を借りて利足を拂うに其借用の塲所を内にするも外にするも實際に何事をも〓〓するに足らざるがごとし内外は唯地理の異同のみ此異同さえ心に關せざれば爰に三五十万圓の利益ありと云う我輩は寧ろ利を取らんと欲するものなれども銕道公債の事は既に發して其募集も緒に就きたることなれば是れは是れとして尚この他に公債を募ることあらば今後は断然我より外國に進みて低利の資金を借用せんこと我輩の冀望する所なり
外国の資本を輸入するは獨り國債の法にのみ由るを要せず私立の事業を興して私に外國の資本を使用すること又甚だ容易なり今政府が中山道銕道公債を外國人に所持せしむる精神を〓めて外國人をして日本の私立鉄道會社の株主たるを許し又銕道會社の借用券を外國人に賣渡すをも許すことあらんには我日本の有志者は欧米の資本家と力を〓せ大に計畫する所ありて五年乃至十年の後を期し中山道銕道の官設に由て成就するを待たず即時其工事に着手して両三年を出でず東京大坂の間に鉄道を聯絡し了り一畫若しくは一夜の間に両都の間を相徃來し得る世界に變ずるならん此事獨り中山道の銕道に限りて然るにあらず東海道の鉄道なり中國の鉄道なり九州なり越後なり又越前加賀越中なり苟くも資本を下して其利を収め得る限りの銕道は政府の沙汰を待たずして獨り自から興ることならん鉄道會社にして外國の資本を得て獨り自から興ることあらばこれと同一の手續を以て〓船會社も興らん鑛山會社も興らん決して彼れも此れも官府の手を煩わして始めて國民の使用を〓することを得る不自由なくして可なるべし故に外國人の金を得ることを禁断せざる精神ある以上は決して國の富源を深くする工風に乏しからずと信ずるなり