「何故に東海道鉄道を布設せざるや」
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時事新報に掲載された「何故に東海道鉄道を布設せざるや」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
何故に東海道鉄道を布設せざるや
我輩今日本八十餘州を通観し何れの地方に向ひて先づ商賣上の鉄道を通すべきやと云ふに第一に着手すべきは東京より大坂に至る東海道の線路なりと考るなり此鉄道線路に當たる相模、伊豆、駿河、遠江、三河、尾張、伊勢、伊賀、大和、河内、摂津、以上十一か國の土地は其面積千六百方里餘(日本里法)これに住居する人員は無慮五百四十万あり即ち平均一方里の人口三千三百七十にしてこれを日本全國の土地一方里に付人口千四百八十の平均數に對應すれば東海道の人口稠密は凡そ二倍半の超過なりと知るべしこれを彼の磐城、岩代、陸前、陸中、陸奥地方の土地一方里に付人口平均九百に足らざるものに比すれば固より同日の論にあらざるなり東海道鉄道の區域内に在る人口の衆多なること既に斯の如し人多けれは人事多く其生出供給する所の産物も多く需要消費する所の物品も多く旅客の徃來荷物の輸送其事務の繁多なるは言はずして明白なり况んや百餘萬人の住所たる東京と關西貿易の中心たる大坂との間を徃來するには陸路東海道を行くを以て最捷路と爲すに於てをや東海道銕道の繁昌すべきは我輩の固く信して疑はざる所なり
今東海道銕道の路筋を案するに東京横濱間に線路を延長して箱根山に至り此山脈を横断するには或は酒匂川の沿岸を遡りて富士の裾野を西南に下るか或は伊豆を廻りて駿河に入ることならん遠江、三河を經て名古屋に達し西南に向ひて伊勢に入り伊賀を經て大和に下り河内を過きて大坂に達することならん或は伊勢以西の線路は伊賀大和に徃かずして近江に出て山城、河内を經て大坂に達するを以て便とすることもあらんか兎に角に線路の測定は實地に就きて技術家の説を聞くの後にあらざれば我輩が擅に之を定め得べき限りにあらざるは勿論の事にして今は唯其大体を示すのみ或は曰く東海道諸國の人口富庶にして且つ東京大坂間の最捷路なるものは此地方の外に求むべからざること無論なりと雖とも唯如何せん東海道鉄道線路には富士川、大井川、天龍川、木曾川の類の如き日本有名の大河の其路に當たるもの多く此諸大河に架橋するの費用は必ず幾百万圓に上ることならん即ち尋常の布設費外に要するの臨時費にして爲めに鉄道營業上の出入計算に容易ならざる影響を及ぼすことならん營業の利潤甚だ覺束なきなりとて兎角進むに怯なるの説を爲す者なきにあらずと雖とも畢竟未た線路の大体を通観せずして先づ架橋の聲に驚く者と云ふへきなり東京より大坂に至る其距離大略百三十里此間に鉄道を布設するの総費額は必ず千万を以て數へざるべからず途中數條の大河ありて幾百万圓の増額を要すとするも其影響の及ぶ所營業全体の損益上に格別の差違を見るに至らざるや明かなりこれを取りて沿道人口の富庶と東西兩都の最捷路たるとの日本全國一種無類の利益に比照すれば實に論ずるに足らざる小額の費用なるべきなり故に我輩は全國の有志者別しては東海道十餘ケ國の有志者に勧告して速かに日本第一の好線路たる東海道鉄道の布設あらんことを希望するなり