「・東京並に埃及事件に關する英佛兩國の交際」

last updated: 2019-09-08

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時事新報に掲載された「・東京並に埃及事件に關する英佛兩國の交際」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

・東京並に埃及事件に關する英佛兩國の交際

左の一篇は在英國の特別通信者が倫敦一月十七日附を以て本社に寄送したる書中の一節なり歐洲各國の交際就中目下東京並に埃及事件に關する英佛兩國の交際の實況を知るに足るものあれば之を掲げて本日の社説に代ふ

時事新報記者

東京並に埃及事件に關する英佛兩國の交際

日本の人は萬事に拔け目なく誠に智慮深く學術の事文學の事等世界中何れの國の人に對するも決して愧づる所なしと雖ども明治年代に至て初て其關係を生ぜし彼の外交の事に至ては誠に未熟にして動もすれば全般の連絡を一目に見貫く能はざることあり去迚此一事を以て敢て日本人を愚なりと云つて之を蔑視するには非ず古來我國は神國と稱して自尊し他國の人を夷狄として輕蔑し國を鎖して一切之と交際せざりしことなれば明治の今日に至て遂に其外交の術に熟練を望むも決して得べきにあらず其得べからざるは甚た道理あるものと云ふも敢て過言にはあらざるべし反之歐羅巴人は古來互に其國境を接續して國を建て曾て鎖國などの事あらざりしが故に外交の政界は已に往古より之あるものにして今日に在ては已に其術數に練達したる者なり其外交の政畧は專ら之を政府の手に委ね今日は恰も全國の輿論を以て直に其交際を掌るものなり表向は公使又領事などを派出して互に交際するが如くなれども其實は輿論の機關たる新聞の議論を以て交際の具に充つるなり故に國々の關係連絡を知らんとせば先つ第一其國の要機たる新聞の社説を視て其概畧を知ることを得るなり例へば佛國の政畧が餘り外征を事として以て英國の利を損することありとせんか巴里派出の英公使を以て直に佛政府に掛け合ひ其非擧を責むる時は其談判角立ち却て兩國の意氣地となり不和を生ずるの恐あれば可成公使に依らず先づ新聞紙の論を以て其非擧なることを咎め暗に英政府の意のある所を諷することなり英國にては彼の「タイムス」新聞が即ち英國の機關にして内國政治の事は兔も角も其外交政畧の事に就きたる論説は重もに時の在野黨の意見を表して外國政府をして豫め其意を知らしむるなり故に今英國と他國との交際は親密なりや又不和なりやを知るには先づ「タイムス」の社説を讀で其大概を知ることを得るなり最も外交政策は多く祕密を要する者なれば其微細の事に至ては英國外務卿が如何なる書翰を他の政府に送りしか又如何なるものを受取りしか固より之を知るに由なしと雖とも尚ほ其全體の模樣は之を窺ひ知ることを得るなり乍去外國政府に於ても「タイムス」は外交に關し英政府の意を繼承する者なりとの事を既に熟知することなれば其社説の文章の如き誠に穩和者實にして他の無責任の小新聞の如く決して過激乱蟲の字句あるなし實に紳士老練者の文章たるに愧ぢざるなり去れば「タイムス」の文章は實に明文妙筆なりと毎に英人の稱贊して止まざる所就中其外交政策論の如きは其文極めて婉曲にして或は其文意のある所を知るに苦む程のものあり兔に角に「タイムス」新聞は以て世界の全勢を察するに足る者なりと云ふ可し閑話休題過般來度々通信したる彼の東京事件に付き近頃に至り「タイムス」は何となく無言の姿にして最初佛國の政策を攻撃せしにも似ず全く其論鋒を藏めて先づ之を傍觀し時勢の變遷を待ち居る者の如し此四五週前までは頻に支那を保庇して佛國の外征策を駁し利を以て誘ひ威を以て威どし議論百出人の意表に出て讀者をして思はず快と呼ばしめしも今日は恰も唖兒の苦樂を嘗めんと一般復た口を開くことなし誠に以て奇異の至りなり去迚今遂に英國が支那に薄くして佛に厚きの理由もなく何か内實のあることならんと能く々々其事情を探索するに其原因は全く埃及「スーダン」の反乱に胚胎する者の如し蓋し彼の「アラビー」將軍の反亂までは英佛兩國にて埃及國財政の實權を握り一切之が配下に服し其状恰も埃及は英佛兩屬の姿なりしも今日に至ては佛國の威權は全く其跡を「ナイル」河畔に絶ち獨り英國の專有に屬する者となれり此に至て佛國の不平一方ならず何卒以前の如く兩屬の姿に復せしめんと種々手を盡せども一昨年「アラビー」將軍の反乱鎭定の際佛國が英兵に力を協せて之を助援せず袖手傍觀したる失策あればまさか今日に至て其不平を訴ふべきにもあらず恰も其遺恨鬱悶を今正さに東京に泄らせし者なり故に埃及の兵乱漸く治て英權の基本堅固なるときは佛國の之を覬覦する恐もあらざれば英の新聞は從前頻りに東京事件を駁撃して其政策を誹謗せしも今ま彼の「スーダン」の反乱稍蔓延して埃及本土の内情甚た穩かならざる今日に當ては或は佛國の其隙に乘して嘗日の威權を「ナイル」河畔に復せんとする數証あるが故に餘り東京事件を攻撃することを爲し得ざる者なり蓋し之を攻撃するときは却て佛國の爲めに埃及の政策を駁撃さるゝ恐あればなり故に今日の勢は英佛の睨み合にて互に時勢の變遷に任じて好機會の到るを待つ者の如し是れ「タイムス」新聞が唖兒の苦樂を嘗めしと一般遂に其口を閉鎖して默々たる所以なり歐洲の外交政畧は隨分込入りたる者と知るべし

○正誤 前々號の社説第二段落括弧中の九月廿九日は二月廿

九日の誤植