「地租条例」
このページについて
時事新報に掲載された「地租条例」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
地租条例
我政府は去る十五日を以て兼て噂ありし地租條例を制定し現行の地租改正條例其他の條規は総て廃止する旨を布告したり此條例に掲るもの総て二十九條甚た簡にして明なり條中〓に新奇創設に属するの事項なく大抵皆從來の諸條規を節約したるものの如く然り從來の地租條規は明治六年以來十年の久しきに亘り時に臨み機に應して増補添加改正削除し幾多の布令前後錯雜して一條例を成すものたるが故に今これを二十九條の新條例と比較するに舊條例中に明記する所の事項にして新條例中に泄るるもの亦甚た少なからず例へば舊條例中に地租は地價百分の三を以て定率としたるものを百分の二半に減し追ては百分の一までにも漸次減少する筈なりと明記しあるも新條例中には地價百分の二個半を以て地租一年の定率と爲すとあるまでにて後來の増減に付別に約束する所なし又舊條例中に地租改正後地價の増減を生ずるとも改正の年より五ケ年間は最初定めたる地價に據り収税すとありしを明治十三年に至り仍ほ明治十八年まで据置くことと定まりあれとも新條例中には一般に地價の改正を要するときは前以て其旨を布告すべしとあるのみにて明治十八年後に地價改正の有無を明記することなし又舊條例中には府知事縣令にて當初定めたる地價を不當なりと思量し其事由を具申するときは大藏卿は檢査員を派遣し實地調査の上一町村又は一郡區限り特別修正を〓許することあるべしとあれとも新條例中には地價は地目變換又は開墾にあらざれば修正せずと明記せり以上新舊條例對比の一二例なり
我輩は今地租條例を一聞し別に其實施上に困難あるべしと思ふ程の事項を見出すことなし然れとも地租改正は廃藩置縣に次ぐの一大事業にして實施以後十ケ年の今日全國所在尚ほ未た彼是の苦情を絶たず唯全國を通して一般の地價改正を希望するの民心なきは明白なりと雖とも一町村又は一郡區限り當初の改正の不當なりと思量して今一應地價の修正を熱望するの人民なきにしもあらず此等の人民は目下現に彼是と言説する者もあれば或は明治十八年まで〓〓後の地價修正の〓を〓なく願望を〓すべしと〓め大に期する者もあり或は又直接に此等の人民に接する人々の中には目前の苦情を慰諭するため其望を後來に〓せしめて内々口約する所ありし者なきをも期すべからず然るに今回の地租條例にて地價は地目變換又は開墾にあれざれば修正せずと定まりたる以上は一町村一郡區限り仮令何様の苦情ありとも其町村郡區に限りて〓れなく特別修正を〓許すべきにもあらず或は新條例中には一般に地價の改正を要するときは前以て其旨を布告すべしとあるを以て必要の時は幾回にても地價の改正を爲すことを得べしと雖とも是は一般の改正を要するときの地價改正にして町村郡區の特別改正を云ふにあらず、まさか一地方のために全國の改正を擧行せんとするが如き事もあるまじければ一般の地價改正は決して屡々あるものにあらずと知らるべし事態正に既に斯の如し今回の地租條例の實施上に於ては何れの小部分に向ても絶へて困難を見るの憂なかるべきや否や我輩の敢て知ること能はざる所一言以て識者に質せんと欲するなり
此機會失ふべからず
我大藏卿は本年一月廿三日を以て第七號の告示を發し中山道銕道年七分利付公債証書條例に依り該公債証書の内今回五百万圓を發行するに付望みの者は二月二十日までに日本銀行並に其代理店へ申込むべし公債の價格は額面百圓に付九十圓なりとの公告を爲せしを見て當時我輩は大藏卿の所置を評して随分豪膽なるものなりと云ひたりき何となれば目下公債証明書の市價非常に騰貴せるは全國の各業不景氣にして資本運轉の道塞かり平日なれば商工の業に使用すべき許多の流通資本も空しく庫中に伏任して景氣回復再び青天白日を見るの時節を待つの折柄なるが故に全國の資本家は利足の充分ならざるも尚ほ無きに優るなりとの意にて取敢えず公債証書を購入し其價の高下を論するに遑あらざるがために然るのみ全く一時異常の時相にして決して其永續
を望むべからざるなり然るに七分利付公債証書を當時の最上相塲九十圓にて賣出し其申込日限も僅かに三十日を出でしめずして五百万圓を募集し了らんとするはよくも決斷し得たるものなるかなとて我輩は其豪膽に驚きたるなり
然るに今日に於てこれを視れば當初我輩の驚きは實に無用の驚きにして實際上毫も其理由を見ることなし唯我輩は不明なり故に譯もなき事に驚きたり當局の人は明なり故に事を處するに其當を誤らずと云ふに止まらんのみ今回公債募集の結果は去る十四日大藏省より太政官へ上申したる書中に詳かなり其次第左の如し
大藏省より中山道銕道公債證書募集結果の儀に付太政 官へ上申
中山道銕道公債證書條例に〓り公債證書の内額面五百萬圓発行の儀本年(一月)當省第七號を以て告示候處同二月二十日迄に日本銀行へ債券〓上にて引受方申込みたる金額二十一萬三百圓(但し九十圓一錢より九十一圓十五錢までに有之)債券九十圓にて申込みたる金額八百十六万六千百圓にして其總計八百三十七万六千四百圓に至る発行額五百万圓と差引三百三十七万六千四百圓超過せり而して告示第六條の通り各申込人へ渡すべき證書の高を定め本月三十日迄に日本銀行より通知せしめ且該超過額は條例第五條に據り價格九十圓を以て引受申込の分減少割戻方日本銀行へ令〓致し候依之別紙計算書相添此段上申候也
明治十七年三月十四日
(指令) 上申の〓聞置候事
明治十七年三月十五日
(別紙)
中山道鉄道公債募集高調
一額面五百二十九万二千三百圓 日本銀行本店募集高
一額面百十二万四千五百圓 同大坂支店募集高
一額面百九十五万九千六百圓 各地代理店三十八ヶ所募集高
總計
額面八百三十七万六千四百圓 銀行會社 百五十三口
一個人 五百二十四口
米國人 一 口
但横濱九十番エフ〓
アベツグ
内
額面二十一万三百圓 價格九十圓以上の分
差引
額面八百十六万六千百圓 價格九十圓の分
内
額面三百三十七万六千百圓 減却高
差引
額面四百七十八万九千七百圓 割付額面高
以上
一額面二十一万三百圓 價格九十圓以上の分額面高
一同四百七十八万九千七百圓 價格九十圓の分額面高
總計額面五百万圓
右の通に候事
此上申の趣に依れば五百万圓の募集に對し八百三十七万餘円の應募金ありたるものにして差引過剰金額三百三十七万餘圓の巨額に達したるなり殊に最も注目すべきは此應募金額中二十一万三百圓は大藏省の賣出し直段に一錢以上一圓十五錢迄を附加へて申込みたるものにして其景氣の盛なるを見ては誠に驚歎の外なかるべし五百万圓を募れば八百三十七万圓の申込あり九十圓にて賣らんと云へば九十一圓十五錢までにも買はんと云ふ斯く盛大を極むる所以は各銀行其他の有志者が損益計算上の商賣氣を離れて大に其義勇心を〓し奮ひて募集申込に盡力したるもの興りて大に力ありしならんと雖ども畢竟するに全く國内各業の不景氣にして貧人は衣食の業を得るに苦しむと同時に一般の富者は其資財の私用塲を〓ひ貸さんと欲して其信用に堪ゆべき人なく下さんと欲して其元金に利を生せしむべき事業なく庫中徒らに紙幣を山積して其保護にも困却する程の次第なれば或は後日公債證書の相塲下落して資本の幾分を減少するの危険あるも目前巨額の遊金をして夜々庫中に在て呻吟せしむるの損失を見るに忍びず依て各其資本を擧げて公債證書の買入れを爭ふより遂に今日の如き非常の状況を現出せしめたるなるべし此状況の非常なるは即ち不景氣の非常なるを表出するものにして我輩は疾く既に今日の不景氣を知ると雖ともまさか斯る極度にまで達せんとは思付かざりしなり夫は兎も角も今回の鉄道公債發行は實に無上の上首尾なりと云はざるを得ず
依て又我輩は當局者に勧告す鉄道公債の發行を僅々五百万圓に止まらしめず引續き更に五百万圓乃至千万圓を發行して此好機會を失ふことなかれ五百万〓を募らんと云ふに八百三十七万圓を申込む者あらば其過剰の分を割戻して折角の有志者に失望せしむることを要せず八百万にても千万にても申込みの續く限り公債證書の有る限り其望みに應して差支はなき〓なり或は云ふ政府は鉄道工事の〓合に依りて其金を要するの都度公債を發行するものにて目下入用もなき資金を借入れ置くは不經済これより甚だしきはなしと然れとも是は鉄道工事の性質を知らざる者の説のみ鉄道工事〓〓歩は一年何程より以上には超過すべからずとの定則ありて從て其資金を供給するものにあらずして金さへあれば一年に百里の鉄道を布設するも五百里千里の鉄道を布設するも勝手次第たるものなり故に今若し中山道鉄道公債の全額を發行し得て全線路の資金を備へたりとせんか各所一齊に工事を起し碓氷峠の隧道を穿つと同時に保福寺峠の隧道をも穿ち西より東より又中間より一時に軌道を布設して其工事を急がば五年の業は三年に成り三年の業は一年位成り東京大坂間の鉄道連絡は來年を期して成就せしめんこと甚た容易なるべし利を見て爲ざるは智者の事にあらず公債所望の隆盛を極めたる今の好機會を失はず更に大に中山道鉄道公債を發行して直ちに此鉄道敷設の工事を〓るべきなり