「未來の鉄道事業」
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時事新報に掲載された「未來の鉄道事業」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
未來の鉄道事業
鉄道の功用は人の能く知る所にして我輩重ねて之を喋々するを要せず唯其直接の■(しょうへん+「又」)益を目的として考ふるも我國にては目下鉄道創設の際にして國中隨一の塲所を擇んで之を敷設することを得るが故に尋常事業の■(しょうへん+「又」)益と比較して决して不利なるを患へざるなり然りと雖とも現時我國の有樣にては鉄道事業も年一年より振興し其事業の公私孰れの手に成るを問はず今後の進歩は益速にして■(しょうへん+「又」)益の充分なるに導かれて工事も意外に捗取ることならん中山道及び信越鉄道の如きも漸く其竣功を告く可く或は東海道鉄道の敷設を企つる者もある可く或は西京大坂より一直線に馬關まで線路を延長し門司關頭の一葦水を踰えて鹿兒島に達することも亦遠きに非ざる可し右は我國の脊髓とも稱す可き街道にして旅客貨物の來徃運搬も亦隨て頻繁なれば鐵道敷設に最も便利にして且つ其■(しょうへん+「又」)益も多からんと雖とも此等の塲所も工事略成りて鐵道既に日本全國を横貫したる其時には次第に支線を四出して之を僻遠の地にまで布及し本線と聯結して全國縱横に氣脈聲息を通せざる可らず盖し國に鐵道あるは人身に血管あるが如し一二の血管、心臟と四肢とを聯結したるのみにては未た以て血管組織を全うするに足らず無數の支管、全身に縱横し指頭足端までにも布及して始めて能く血液循環の妙巧を奏す可きのみ左れば本線敷設の後は無數の支線を新設して之を窮郷僻縣までにも延長せざる可らずと雖とも扨此支線を敷設するに當ては多少の困難なきを得ず其困難とは他に非ず之を敷設したるの當初に一時出入相償はざること即ち是なり例へば山陰道諸國の如き北は日本海に面して舟楫の徃來なく南は山岳に遮られて軍馬を通せず他方の人民は文明の長風に帆を孕まして快駛矢も及ばざる其際に春風容易に桃源の洞門に吹入ること能はず全道の住民は日月轉た永くして夢を驚かさず日用の衣服器物も概ね其一地方内に具はりて別に不自由を感する程の事もなし自製自作の品物に安んじて不自由を感せざれば俄に他に求むるの念を起すこともなかるべし
盖し田舍生計の模樣に就ては本月十六日の時事新報にも記載せし所あり曰く(前畧)田舍の生計は都會に異なり一年の飯米は積んで物置きの中に在り、家醸〓に熟して〓噌、樽に盈てり後〓の芋粟食へども竭きず、手織りの木綿は三冬の嚴寒を防く可し生活の實物内に具はりて外に求むること甚た少し試に或る田舍の一村を封じ隣村との交通を絶ちたりとせんに擧村至て平氣にして俄に困窮する樣子もなく籠城の用意は家々に具はりて必ずしも之を他村に仰かず一時は〓に別乾坤を守ることならん云々田舍にては生活の實物斯く内に具はるが故に一朝交通の便を増したりとて俄に自産を輸出して他の物産を取り寄するの必要なく或は田舍人の習として自から進んで鉄道を利用することなく他人の之を利用するまては手を袖にして窃かに其景氣を窺ふものもあらん三徑の松菊〓鉄道線路に當りて發掘せられ汽笛の聲は五〓先生の耳を貫きて閑眠を得せしめず一部分の人民には或は不愉快を感せしむることもあらん斯かる田舍地方に鉄道を敷設すれは其敷設後數年間は人民唯口を開て驚くのみ、手を又きて默するのみ、迚も俄に之を利用するものなかる可し之を利用するものなきの間は則ち鉄道の■(しょうへん+「又」)益不足なるの時にして其■(しょうへん+「又」)益の充分なるは唯其地方人民が驚きて開きたる口を閉ち默して又きたる手を下すの時を俟つあるのみ
前段既に陳述せし如く中山道、東海道、山陽道の鉄道の如きは國中隨一の線路にして其■(しょうへん+「又」)益も多からんと雖とも此等の線路を敷設したる後は山陰道の如き僻陬の地方にまでも其線路を布及せざる可からず斯かる片田舍の人民は俄然鉄道を利用すること能はざるが故に其鉄道の■(しょうへん+「又」)益も一時は固より少なくして得失相償はざることならん左れば其■(しょうへん+「又」)益を増さしむるには其地方の人民をして自から進んで鉄道を利用し喜んで其恩澤に浴するの念を起さしめざる可らず人民をして此念を起さしむるは唯鉄道を以て之を教育するの一方あるのみ元來人を教育するには無形の道理を以てせんよりは寧ろ有形の實物を示すに若かず故に鉄道の功用を人民に説て然る後にて始めて之を敷設せんよりは先づ鉄道を敷設して然る後に能く其効用を知らしむるこそ捷徑ならん既に之を敷設すれば他邦隣縣との交通も開け大都會との往來も復た昔日の比に非ず、新聞書翰の配達も〓なるを加へて貨物の運送費も大に減し他方の産物は流入し易くして自國の名産も流出し易く鉄道の媒介能く産物の有無を通して彼我の所長を交易するの道を開き次第に分業協合の風を發達して蠶糸、製茶、陶器、漆具、煙草、紙類に至るまで皆土地相當の物産のみを專らにして互に相補給することもならん即ち鉄道の教育に浴して漸く之を利用するに適したるものにして鉄道敷設後少なくとも三四年の日月を費さざる可らず而して此日月間は鉄道敷設の放〓者に向て■(しょうへん+「又」)益甚た少なく出入相償はざるの時なり、故に直接の■(しょうへん+「又」)益を目的とする私立會社にては目下の出入相償はざるを忍んで他年の■(しょうへん+「又」)益倍■(くさかんむり+「徙」)するを俟ち田舍人が鉄道の教育に浴するの日まで不利の鉄道を持ち張ることは六か敷きことならん左れば政府は私立會社の力の及ばざる處に向て獨り其鉄道敷設の任に當り他年一日■(しょうへん+「又」)益の倍■(くさかんむり+「徙」)するを俟て次第に之を拂下げ其資本を以て更に他處の敷設に着手し隨て拂下げ隨て着手し恰も血管の人身に於けるが如く國内の指頭足端到る處として鉄道の通せざるなきに至らんこと我輩の今日よりして切に希望する所なり今や我國にては鐵道事業追々に振興するの樣子なれば國中最便の塲所は遠からずして敷設し盡し、さて此度は所謂桃源地方にも敷設せざる可らずとの塲合に立至ることならん此時に當りて或は目前の■(しょうへん+「又」)益寡少なるに失望して種々の苦情を並べ立て田舍地方をして鐵道の教育に浴せしめざるの慘状もあらんかと我輩は豫め未來の鐵道事業の〓〓〓〓〓より其當局者の注意を促かすもの〓〓