「鉄道株券と公債證書」

last updated: 2019-09-08

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時事新報に掲載された「鉄道株券と公債證書」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

鉄道株券と公債證書

我輩は今日に於て鉄道敷設の必要を論するを厭へり何となれば鉄道は農工商事に政治に兵事に學術技藝に凡そ社會一切の人事に總て皆有用にしてその効益の多さは如何なる形容にても猶言ひ盡し得さる程のものなれば我同胞の人民に於ても鉄道の効益を知ること最早充分に熟したりと思はるるが故なり

依て我輩は鉄道は人事社會に必要のものなりとの論據を本とし更に一歩を進めて鉄道を敷設するに必要なる資本の出處に關し聊か思ふ所を述べて早くこれが竣功を促さんことを欲するなり盖し鉄道資本の出つる所は一は政府の國庫より支給し又一は人民の私財よりするの外に其道あることなし尤も我政府が去る明治五年以來に自から敷設せし銕道を人民に讓り渡しその代金にて他の新線路に着手し隨て竣功すれば隨て賣却し全國重要の線路に總て蜘網を張るに至りて始めて止むべしとのことは嘗て我時事新報の紙上に於て切々論告したる所にして若しも此事が實際に行はれなば我輩の滿足この上もなき仕合せなりと雖とも然るときには人民一般に於ても官設銕道の拂下を引受け充分に營業の利途を立てて政府へその費用を償却し將來に滿足なる運轉を爲すだけの資本は不足なくこれを備置かざる可らざるなり又は專ら人民の一手にて獨立して銕道工事を擔任せんか左るにても同く資金なくしては叶はぬ事なるべし但し我日本人民が愛國の精神に富むの深き苟も國の文明富強を増進せしむるの銕道工事にその資金を放ろすに於て踟躇することなかる可しと公論は則ち公論なりと雖とも經濟社會のことは亦自から其道ある者にして銕道工事果して利益の目的あるまじとならば我輩は敢てこれに向て其資金を投すべしと勸告するを爲さざるなり然れとも今、愛國の精神を離れ單に利慾の一点より考ふるに將來の事業その數、千万無量なるべきも中に就て利益最も多くして危險最も少なきは即ち鉄道會社の事業ならん凡そ事業上に危險の多き者はその利益も割合に高く利益少き者は危險必ず少なきは經濟上の定則にして政府發行公債證書の利子の常に低きも亦これが爲めなるは云ふに及ばぬことなれとも事業の危險少なきに割合せて利益の格外に多きは鉄道會社の株券に若くものある可らず盖し營業の業務には汽船會社あり鉄行會社あり或は株式取引所或は造船會社等其數實に多しと雖とも競爭の敵手甚た稀にして且つ信用失敗の憂へ少なきは唯鉄道會社にして其株券は安全の点に於て政府發行の公債證書に亞く者なるべし

鐵道株券を所持するの安全は殆んと公債證書を所持するに均し其利益の点に至りては我輩は公債證書を所持するよりも寧ろ鐵道株券を所持すべしと勸告せざるを得ざるなり尤も日本にて鐵道株券と公債證書との比較に付ては一方に公債證書はあれとも鐵道株券は唯昨年七月開業したる日本鐵道會社の株券ある許りにして是迚も營業日尚淺く特に創業の始め費用多きことなれば敢て論するに足らず依て外國の例を仮り英國の公債證書と鐵道株券とを比較し以て日本人民に鐵道株券を所持するを勸むるの論素を作らん夫れ英は富國なり其資本の饒かにして金利の廉なるは世界上に無類にして日本とは同日の談に非ず日本に於ては公債利息の平均は七分なりと雖とも英國にては平均三分にして中には二分半に下るものあり甚廉なりと云ふべし然るに其鐵道事業の利益に至りては許多の會社ありて損益勘定各々一樣ならざれとも昨千八百八十三年間に重なる十六の鐵道會社(會社の名は煩を厭ひて省けり)の平均利割は五分四厘にして特に後半期の平均利割は六分二厘五毛に達したり又右の十六鐵道會社の内、特に最高の利割を得たりしは北東鉄道會社の八分二厘五毛、牝龍動、北西両會社の七分五厘なりとす又此十六個の會社に於ては千八百八十年に五分六厘二毛半、八十一年及二年の両期に五分五厘の利割を得、連年の平均は五分五厘を下りたることあらず盖し五分五厘の利益は日本人に取りて甚微少にし鉄道營業の利得大ならざるに似たれとも是れ高利息に憤れたる日本人の眼にて見ればこそ左程の利得とも思はざるなれ平均三分の公債証書を所持する英人より之を見たらば五分五厘の利益は殆んと三分の倍にして鉄道會社株券は果して利得多き者なりと覺悟すべきは勿論なりと云ふべし斯て鐵道の株券果して利得多しとの感覺一たび英人の腦漿に浸漸せば益々以てこれに其資本を投ずるは必然の勢ひにして英國の鐵道能く今日の盛大に至りたる所以は實に鐵道の利得多くして世の資本を引付たるに由る者ならん盖し三四分の公債を所持する國民が五分五厘の利益に感服するの尺度に割合せて之を實利七分の公債を所持する日本人民の上に遷すときは鐵道利益の割合は一割以上に當る勘定なれとも事實、日本の鐵道は正に草創の時代にして始めに成る所の一二若くは三四の鐵道會社が全國中貨物乘客の最も多き勝地のみを占取せば其局所に利得する所或は一割三四分の上を踰ゆるやも測り難し然りと雖とも念の爲めに仮に日本の鐵道株券には一割二歩の利ありとするも之を公債証書を所持し若くは今時に故ふに買込むに比すれば其利得の多きこと非常ならん前にも述べし如く我國の鐵道事業は未來に屬する故に實際の利益の多少は預め之を今日に計算する能はずと雖とも兎に角に七分の利益を踰ゆべきは勿論、一割乃至一割二分の利割あらんことは我輩之を外國の先例に照らし日本の現状に參考して必定信然なるを知るなり然るを目下の不景氣とは云へ前途に箇程の利益ある鐵道事業の株券を買ふの用意なく又は新たに此工事を起すの思案もなく唯惶遽して公債証書を求めんとするが如きは人氣既に銕道に傾くも事尚新らしくして未た利益の點を深く考るに遑あらざる者ならんのみ             (未完)