「鉄道株券と公債証書(前號の續)」

last updated: 2019-09-08

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時事新報に掲載された「鉄道株券と公債証書(前號の續)」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

日本鉄道株券の利益は將來のことに渉るか故に豫め其精算を得る能はずと雖とも兎に角に利益の多くして公債証書を所持するに優るものある次第は前文に於て我輩既に之を陳述したり然る處一方より目下の事情を觀るに近來に至りて公債証書の賣買相塲非常に騰貴し七分利付の証書は九十三圓にまで競り上げたり誠に驚き入る程の譯合にして畢竟は二三年來の商况不景氣これが原因を爲すものたるに疑ひなし故に今日の商人社會が公債証書を所持せんと欲するは唯目下に其資本を放ろすべき塲所なきに苦しみ又はこれあるも危險失敗の憂へあるが故に先づ一時の方便として確實なる証書を買込み追て何かの機會もがなと他日の景氣を睨み居るに過きざるなり今七分利付の証書を九十三圓にて買込まば年利僅に七分五厘を超えず日本には珍らしき薄利息と云ふべし且つ九十三圓臺の値段とても全く一時の變体にして商况不景氣の恢復する時節には幾分か下落あること必定にして加ふるに商况愈愈恢復するの樣子現はれなば人皆先きを爭ふてこれを賣出すが故に証書の價格も今日に騰貴せし丈けに反對に下落し、高く買ふて低く賣るの損失を蒙むるべきは將來のことながら鏡に懸て眼前に視るの想あり然るに右の商人社會が公債証書を買込むの代りに其遊び資本を鉄道事業に放ろし新規に全國中第一の塲所柄を揀り取りして線路を敷設し自からも會社の株券を所有し他人にも所有せしめて國の文明富強に必要なる鉄道を作りなば危險少なきの度は殆んと公債証書にも讓ることなく而して利益の点に於ては七八分位の薄利息のみか一割以上の利得を占め、加ふるに商况不景氣の恢復ある曉には鉄道の株券彼の公債証書の如く下落するの心配危險なきのみならず其價格〓増しに騰貴して株主の利益實に圖らざる高点に達せんこと我輩の窃に信して疑はざる所なり抑抑日本國の私立鉄道會社にして是迄にその决算報告を爲したるは唯日本鉄道會社が昨十六年八月より十二月に至るまでの實際報告書ありしのみにして且つ是とても創業多費の折柄なれば固より此一例を以て將來鉄道事業の利益を判定するに足る可からずと雖とも先づ姑らく之に由り營業月數五ケ月の純益金を拂込株金に割賦すれば年利一割零歩八厘又開業前七月一ケ月補給利子を合算するときは年利一割一歩九厘餘(殆んと一割二分)なれとも未た决算を了せざるもの若干あるを以て年利の配當を一割に止め殘餘は後季に繰込むの勘定なりしと聞けり創業の始め百事費用多き期限にて尚且つ然り本年の上半期若くは下半期の决算報告の出つるも亦遠きに非ず我輩は其時に至りて第二第三の割附利金は第一期の一割を下らずして或は之に踰ることもある可し預めこれが推算を下して實際の結果を待つものなり果して然らば前文にて英國の公債証書と鉄道株券とを比較して日本國の鉄道株券には少なくも一割以上若くは一割三四分の利益あるべしと説きたるも亦妄説に非ざるべきを知るなり盖し凡百の事業中、鉄道は危險最も少なく利益最も多き者にして鉄道は以て富強を開き、富強は以て鉄道に由るは復た言ふまでも無きことなりとす試に我と一洋を隔つる對岸の米國を見よ近頃の計算に由るに米國の人民は平均一個人に一百四圓の株金を鉄道工事に拂込みたる割合にして全國鉄道の資本は凡そ六十五億圓全米國に在る一切所有物の総價格の八分一に當る計算なりと云へり何故に米國の人民が斯く大金を鉄道工事に放資するやと云ふに即ち之を大にしては全國富強の爲となるべきも小にしては一個人の利益鉄道株券にあるが故なるべし左れば我日本國の人民は愛國心の爲めにその資本を鉄道に放ろすべしなど云ふ議論は問はず、唯一片の自利主義よりして考ふるに鉄道の株券を所持するは實に富を作るの捷徑にして早く之に注眼する者こそ陶朱猗頓の富みを得べし盖し西洋にて始めて蒸氣車の試乘ありし以來今日までの星霜は僅僅五十五年、然るに其間英に米に鉄道の株券を所持したる利運にて萬戸侯の財を得し人頗る多き由は豫て我輩の耳聞せし所なるが今年今月の日本人民も何ぞ早く其資本を鉄道工事に放ろし陶猗萬戸侯の富みを攫まざるや然るを今の商人社會如何に商况の不景氣に狼狽するとは云へ爭ふて七分餘の薄利なる公債を買込み商况の恢復と與に其價の下落して損失を蒙むるの危險あるをも顧みず一方に此利益ある鉄道工事を看■(しんにょう+「官」)すとは實に商賣柄に似合はす無算の沙汰なりとも申すべき歟盖し今の商人社會の計算にてはまさか無利息にて金庫に藏め置くよりもと云ふ一時の姑息案にて公債証書を買込むことなれば須らく此姑息案を飜へし利益確實なる鉄道工事にその資本を放ろし東海道に、山陽道に或は東京より北越に接續する線路に或は又西海道にその地を撰んで鉄道を敷設し而して其株券を所持してこれが利益を收めなば大にしては日本國の富強を開きたる名譽その身に聚り小にしては家に巨万の富を積むの福運循環し來ること亦三五年の近きにあるべし要するに日本の商民はまさか無利足にて藏め置くよりもと云ふ姑息案にて公債証書を買はんよりも其資本を鉄道に放ろしてこれが株券を所持し他日商况恢復して鉄道營業益益繁昌し割賦の利益多くして株券の價値騰貴するを待つに若く可らず鉄道工事に資本を投ずるは斷して行ふべきことなり                 (終り)