「現行日本電信法の改正を望む」
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時事新報に掲載された「現行日本電信法の改正を望む」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
現行日本電信法の改正を望む
横濱の「ガゼツト」新聞は我々に一吉報を與へて曰く日本政府は電信賃錢法を改正し全國一價法と爲すの企あり其發令實施は來る七月頃なるべしと我輩は此報道の虚實如何を知らずと雖とも全國一價電信賃と聞て先づ喜びを表するものなり仮令我政府に於て當時「ガゼツト」新聞が報道する如き企なしとするも我輩は此時を機會として再び電信賃錢の全國一價法を勸告するの榮を得たるを喜ぶなり
現在日本の電信法の如く里程の長短に由て其賃錢を増減するの理由を按するに近隣の地へ電線を架設し又これを維持するの費用は甚た少なくして遠隔の地へ架設し又これを維持するの費用は甚た大なるが故に此電線を利用する者に課するの賃錢も其遠近に隨て増減するものなりと云ふに在らん誠に簡單公平なる理由なりと雖とも此公平の賃錢法は主人たる電信局にも客たる頼信人にも小公平のために大便利を犧牲に供するの實ありて利害相償はず就中電信局に取りては其不便不利殊に甚しきが故に電信料は全國不二價として路の遠近を問はざるは目下文明世界の通法にしてこれに向て敢て異議を唱る者なし盖し電信の全國一價法は郵便の先例に則りたるものにして郵便の全國一價法は英國のローランド、ヒル氏の創意發明に成り千八百四十年(我天保十一年)以來英國に於てこれを實行し追て文明諸國の採用する所と爲りたるものなり郵便信書に於て路の遠近に由て其賃錢を異にするの不便は先づ其信書の掛目を量りたる上にて其屆け先きを見其里程の何程なるやを承知してこれを賃錢表に引合せ相當の賃錢を■(しょうへん+「又」)めんとする其手數の夥しきに在るなり電信に於けるも亦此理に外ならず今日本國内に二百幾十の電信局あり此内の一局より他の一局へ送信せんとするには先づ電文の字數を知り次に屆け先きの局名を知り其局と我局との間に現行する賃錢の定則を知りて始めて其通信料を■(しょうへん+「又」)め其電信を發送することを得るなり幸にして電信局員の記臆力天下無双のものにして二百餘局に關する各階級の賃錢表を暗記し居ることならんには格別事務の澁滯もなかるへけれとも不幸にして局員の暗記力十全ならざるか或は新來轉入の人にて在る一局の賃錢表は暗記し居るも未た此局の賃錢表を暗記し居らさる等の事情ありて頼信を受付る度毎に一々表に引合する樣の事もあらんには僻陬村落の閑散分局はいざ知らず都會繁劇の電信局に在りては其混雜不便實に言ふべからざるものあらんこれを全國一價の簡單法に從て發信するものに比するに主客共に其便否利害の甚た相懸隔すること多辨を要せざるなり
故に我輩は今の繁雜不便なる日本の電信法を改めて世界普通の簡便一價法と爲すことを希望するなりと雖とも此一價法に改むるに臨みて又大に注意を要すべきことあり通信料の格價即ち是なり當時我電信局の賃錢表を見るに最近の距離即ち東京大坂等一都府内の通信料は和文一音信(仮名二十個)に付住所姓名の賃電信屆け賃を合して金十一錢五厘歐文一音信(廿語)に付十六錢五厘なり其距離漸く遠くして北海道と九州との間に徃復するものに至れば和文一音信料凡九十五錢歐文同四圓七十五錢にも上るなり電信局の年報等に據り全國平均の通信料を算するに和文一音信に付三十三錢歐文同一圓五十八錢位に相當するものの如く然り左すれば今全國一價法と改むるには和文は三十錢歐文は一圓五十錢を以て一音信の賃錢と定めんとするか我輩は斷して其不廉に失するを信するなり我輩今左に英國の電信通信料を掲けて比較する所を知らしむへし
通常電信一音信(二十語)に付全英國を通し通信料一「シルリング」即ち我二十五錢なり此外に住所姓名賃屆け賃など云ふものなし
新聞原稿電信一音信(七十五語乃至百語)に付全英國を通し通信料一「シルリング」
但し新聞原稿電信は晝間通信即ち午前九時より午後六時までの間に發送する分は七十五語を以て一音信とし夜間通信即ち午後六時より翌日午前九時までの間に發送する分は百語を以て一音信とす
故に今日本の全國一價電信料をして英國と同一のものに爲さんとするに於ては和文一音信(假名二十個)に付五錢歐文(二十語)同二十五錢と定むるを以て相當とすべし即ち現在の全國平均通信料の凡六分の一に當るなり然れとも又現在の我郵便の如く日本の通信税は英國等の例に比して一倍の高價を維持して未た改正せざる折柄なるゆえに電信料も亦暫らく英國に一倍の高價に定め置きて次の改正期を待たんとするの决心ならんには和文仮名二十個に付十錢歐文二十語に付五十錢と定むるを以て相當とすべし
電信は全國一價に改め其賃錢は仮名二十個に付五錢乃至十錢位の相當なる價に定めんことを希望すると同時に我輩又新聞原稿電信法の新設あらんことを希望せざるを得ず我輩が自から新聞事業に從事しながら新聞原稿の廉價通信法を設けよと云ふは聊か自己の勝手論たるの嫌なきにあらずと雖とも新聞は文明の推進器にして社會の必要具なりと定まりある以上は新聞事業の發達を助くるは一國の文明繁榮を助くるものにして一個人の利害に私するものにあらず故に苟くも文明の慕ふべきを知る程の人ならんには必ず今の日本に新聞原稿電信法を設るの必要を許すなるべし以上略記する如く現行の日本電信法に關する各種の改正は國のため我輩が切に希望して止まざる所なり