「雜婚論(前号の續)」

last updated: 2019-09-08

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時事新報に掲載された「雜婚論(前号の續)」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

人或は曰く雜婚は一國民の愛國心を損するものなり其故如何となれば元來愛國の心情は人種を同うし宗旨を同うし道徳上の口稗を同うし文物習慣を同うするに起るものなり然るに今異種異宗の人にして互に相結婚し口碑習慣文物を異にするの國に住することなれば新住の國を愛するよりも寧ろ祖先墳墓の地を慕ひ一旦父母の國と戰端にても開くことあらば新舊の両國孰れに向て好意を表す可きや或は戈を倒にして新住の國民を反〓するが如きことあらん畢竟するに異宗異種の外國人は何時迄も外國人にして心服歸化するものに非ざるが故に此輩は新住の國に向て愛國心の薄きこと恰も紙の如く或は他をも化して其薄情を學はしむるの恐あればなり云云と我輩の所見は之に異なり今試に論者の説に從ひ外國人は薄情にして恰かも間諜同樣の人柄なりとするも今後此外國人を攘斥して一歩も我神州の地を穢さしめざることを得べきや今日外交繁多の有樣にては迚も之を實行す可らず果して然らば雜婚の如何に拘はらす外國人は常に我國に來住するものと覺悟せざる可らず等しく是れ來住する外國人にして親戚姻■(おんなへん+「亞」)の關係を生したるものと全く此關係なきものとは孰れか最も其住地に戀着するの心情ある可きや何樣の口實を設くるも甲は薄情にして乙は厚情なりとは云ひ〓ざる可し或は一旦内外戰爭の際に先づ倒戈反〓する者は甲乙孰れに在るや問はずして之を判斷することを得ん單に此點より考ふれば外國人との雜婚は漸く之を化して多少其新住國を愛せしむるの端を開くものと云ふ可し又外國人と雜婚すれば之に化せられて他も亦愛國心を■(にすい+「咸」)す可しとの説もあれとも雜婚の如何に拘はらず外國人は依然我國に來住すとあれば其化せられて愛國心を■(にすい+「咸」)するは雜婚に關係なきものなり况んや人間の交際に於て既に主客の別あれば外國人は我に化せられて枉けても愛國心を裝ふことこそあれ我を化して其愛國心を■(にすい+「咸」)せしるむが如きは万万其理なきに於てをや但し我輩とても雜婚を以て愛國心に關係なしと云ふに非ず異種異宗の人互に相結婚せば或は其夫妻の一方を導て外國の宗旨を奉せしむるが如きこともありて多少宗教の信心にも影響するならんと雖とも一國の全體より之を見れば固より齒牙に掛くるに足らず現に今日の北米合衆國の如き其歴史に遡れば英國の人民が偶ま來りて一社會を成し現在父母の邦に叛て新たに獨立の共和國を創立し其後種種の國より種種の人來住し又其子孫を蕃殖して今の一大富強國を組成したるものなれば年年歳歳去るものあり來るものあり異種異宗の人互に相雜居して互に雜婚するならんと雖とも米國全體より之を見れば其國民の愛國心却て其他の各國に超過するが如し盖し他國の一個人人、獨立の一國に來住し其法律習慣に從て商工農業を營むに於ては之れと同時に一部分の小失得はあらんと雖とも其一國全面に向ては固より影響を及ぼすことなきが故ならん從來外國に生長して中道より來住するものにても既に陳述する所の如し况んや其子子孫孫に至れば言語、衣食、道徳の教旨に至るまで皆な其誕生の國風に從ふが故に固より内外の區別なく純然たる我國民たるに於てをや故に愛國心云云を口實として直に雜婚を非とするは未た尽さざるの説と云ふ可し

又試に政略上より考ふるに毎度我紙上にも記載せし如く内外相知るは外交上最も大切なることなりと雖とも今日の處にては我邦と西洋諸國との交際未た頻繁ならざるより或は我邦在留の外國人か日本の眞相を寫して本國に表白するの意なきより我國人をして西洋の事情を知らしむるの機會少なきと同時に外國人をして我國の實况を知らしむるの手掛りに乏しくして外交上陰に陽に幾多の困難あるや殆んと測度す可らず是時に當り内外雜婚の道に今日より尚一層の融通を加ふれば外國の男女をして眞實に日本の事情を會得せしめ本國に向て之を報道するの機會を増すことともならん果して然らんには一通の私信も亦外國社會の談柄と爲り茶席宴會男女讌樂の際にも時時日本の景况を談し自然に之を度外視することなきに至らん我國の爲めには最も喜ばしき次第なり

我輩は尚念の爲め一言し置くことあり元來日本人と外國人とは交際日尚ほ淺くして未た雜婚の風を成さざるが故に其雜婚よりして子女の能力體格に如何なる結果ありしやは固より之を知るに由なし故に我輩は今日本人と西洋人との雜婚は能力遺傳上多分好結果あらんと假定して論したれとも雜婚必ずしも常に好結果ありと云ふを得ず例へば白黒の雜婚は「ジヤマイカ」及ひ爪哇島にては子孫三代を經れば滅絶して餘〓を留めず又亞米利加南「カロライナ」州にても其蕃殖力極めて薄きが如し佛人「〓ワードルフハー〓」氏の説にては雜種が南「カロライナ」州及爪哇島にて斯く蕃殖力を失ふは其風土の特に然らしむる所にして千万中一二の奇例ならんと云ひたれとも今我國に於て雜婚の利害を論するに當り日本人は果して此一奇例外に立つものなりや否に注意するは學者輩に取りて最も大切なることならん且つ我輩か雜種を論するは能力遺傳を目的とするが故に西洋人との雜婚こそ奬勵するを望むなれ支那人其他劣等人種抔とは以ての外の事なりと信ず既に亞米利加「オハヨ」州にては黒人並に亞米利加人種と婚姻することを禁し置けり今後内地雜居にても行はるることあらば我政府にても亦此邊に商量を費さざる可らざるなり

因に云ふ雜婚の事は論點極めて多し例へば本論の外にも雜婚し〓生したる子孫は獨立に雜種として一人種を組成することを得べきや或は父母何れかの一方に偏似して一方の人種を消滅するに至る可きや等頗る重要の問題あり尚實際に渉れば雜婚を奬勵するの方法に就ても鄙見なきに非ず社員高橋義雄著日本人種改良論(未〓)の雜婚篇中にも亦詳論する所あり孰れにしても雜婚の一事は早晩我國重要の疑問と爲る可しと信ずれば我國は爰に唯其大要を記して看官の注意を促すのみ       (完)