「名を以て實を誤る勿れ」
このページについて
時事新報に掲載された「名を以て實を誤る勿れ」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
顧ふに彼の世を憂ふる人々が今の文明の長歩に驚を暗に其咎を米國に歸せんとするは米國
の政治が共和主義なるに由りて然るならん歟勿論米國はその名の意味する如く合衆共和國
なるに相違なしと雖も是れは全く政治の一局部に止まりたることにして文明の事項には學
問あり商賣あり技倆あり工業あり其他尚一にして足らず政治談の如きは文明論の眼より見
れば僅に其一小部分なるのみ故に其國の政治こそ共和なれ共和と云へば何か自由放恣の意
味あるに似たれども實際の政治には嚴然たる紀律ありて不檢〔手偏〕束の事甚た少なきは
我々が熟知する所なり且つ我國がこれと交通すればとて共和説の傳染する憂あるにも非ず
唯その國の學問技術商賣工業を賣りて日本國の文明を促すに亦何ぞ顧慮する所あるを要せ
んや盖し彼の憂世家の眼にて見るときは政治の共和なるが故に學術商工等の事も共和なら
ん、其國の物品も共和ならん、人物も共和ならん、一家若くは社會の交際も共和ならんと
て唯共和の二字に惡しき意義を附會して頻りに之を擯斥せんとするは甚だ謂はれ無き次第
にして我輩は寧ろ其人の智見の博からずして度量の大ならざるを氣の毒に思ふものなり其
原由する所は文明の長歩に驚て咎を米國に歸せんとするに在るか又は何か米國に對して不
平の筋にてもあるか我輩これを信する能はず其邊は兎も角もなれども苟も社會の一局部に
米國流とて之を咎るが如き妄想の行はるゝありては我々日本國人が米人に對するの交際上
に於て如何にも忌まはしき次第ならずや
前文にも述べたる如く開國率先の功は北米合衆國にして當時人民は頻りに米國の聲名を耳
聞し爾来今日まで日米兩國の交際は甞て間斷なく日にu々親密に赴きたるに近來社會の小
波瀾に由りて世間或は謂れもなき愁言を放ち今後は何事も米國に取る可らずと云ひ又は専
ら日耳曼に仰くべしなど主唱する者もある由にて或は之が爲に米人の不愉快を起すの掛念
なきに非ずと雖も此れは是れ唯一時の小波瀾にして且つ斯る奇言を發する其本人とて亦唯
局部の害を見て驚駭するのみのことにして日本國の大勢は尚依然として文明の方向に進行
し、時勢世事を知悉する人々は西洋諸國の孰れを重んじ何れを輕んずるを爲さず日耳曼親
しむ可し米國愛す可し英佛其他皆然らざるはなし就中米國は始めに我國を開て交通最も久
しく其間の星霜三十年に及びたりと雖も曾て交情の冷却したることなく親密の友誼は日一
日より揄チし實際の經歴に於て一度たりとて爭ひを生じ又双方に不快の念を抱きたる事跡
を見ず、圓滿無缺の友情は實に君子の交際とも稱すべきなり且つ日米の間には大洋の隔つ
るありと雖もキ〔サンズイ+氣〕船交通の便利日に開けて此隣只ならず今週東京灣を拔錨
すれば來週桑港に入るの期も亦遠きに非ず况や其國語は世界普通の英語にして西より東よ
り地球上の各港各處に廣がり、殖産工業の髏キなる運輸交通の便利なる學藝技術の新鮮な
る其港は則ち志士の棲處にして其人は亦活パツ〔サンズイ+發〕有爲、國運の進むことは
猶旭日の東天に昇るが如し豈に盛んならずと云ふ可けんや然るに此と一葦水を隔てゝ多年
の交情最も温かなる我日本人にして今に及んで决して米國を厭棄するの念あることなしと
雖も廣き日本國中なれば或は文明の長歩に驚かされて頻りに喃々怨を吐く者もある可し癡
人夢を語ると同一般、固より敢て諭するに足らざるなり試に米國の事情に明なる人物を求
めて其國少年子弟の情况を問へ若し彼の憂世家の言に從はゞ米國は共和の國なるが故に其
國の少年生等も乱暴激論を極め或はこれに浸漸する日本の遊學生の如きも同じ氣風に化せ
らるべき筈なれども其實は全く之が反對に出て着實沈毅决して乱暴を働かず又决して激論
を吐かず却てこれを日耳曼若くは佛蘭西等の書生に比較すれば一は順柔にして處女の如く
一は輕怪にして脱兎の如き有樣あるは具眼者の經驗して能く知悉する所なり左れば國政が
共和なる故に社會の全般より少年子弟に至るまで共和なり共和なれば輕躁なり粗暴なりと
思ふは黒白テン〔眞+頁〕倒正しく米國の反對を寫し出したるの妄想なりと云はざるを得
ず且つ我輩の知る所を以てするに商賣工業學問等か互に能く平行し又互に獨立して各々
盛を極め獨り政治の事項を以て他の衆事項を蔽はざるの國は世界中殆んと米國の右に出る
者なしと云ふ故に商賣の世界に入れば財を儲け富を作るの談喧しくして政談の聲を壓し、
學問の社會に入れば理を究め術を創むるの思想専らにして政治の爭論以て學者の耳を奪ふ
に足らず是れ米國が特に他邦に卓絶する秀點なれば我日本人民が自今以後いよいよ以て米
國との交際を親しくするには我輩百の利を見て一の害あるを知らざるなり左れば我輩 遙
に米國の人に寄言す、日本國の文明は依然長歩して間斷なし、日本國有識の士は皆な米國
に親まざる可からざるを熟知せり、稀に我社會に聞ゆる愁言の如きは固より取るに足らず
米國の士人も亦幸に名の爲めに我實を誤る勿れ(畢)